紅葉の高千穂・阿蘇・九重を訪ねて[4日目①]高千穂峡と天岩戸神社西本宮と天安河原
2020年11月11日水曜日
道の駅高千穂 第二駐車場
今日は、朝の時間帯を大切にということで、7時45分に出発。トレーラーは第2駐車場の隅っこに駐めさせてもらい、ヘッド車だけで出発した。
1.6 kmしかないのに移動に17 分も掛かったのは、出発直後に第1駐車場に寄って、トイレを利用したためだ。
第3大橋駐車場
に8時02分に到着。ちょうどエールが始まったので、駐車場で視聴することにした。15分間足止め。
第2あららぎ駐車場は有料駐車場で1回300円、第3大橋駐車場は無料だ。多少高低差はあるが、それほど時間は掛からない。歩くのに支障がなければ、大橋駐車場をお勧めする。
道沿いに素朴な草花が咲いている。
上の写真を注意深く見て欲しい。上から2段目の石段だけ色が白い。
これは私の勝手な解釈だが、この段だけ何かの原因で崩れてしまったため従来の石段の上に薄くコンクリートを塗って補修・補強した。薄くと行っても2~3㎝の厚みがあるので、他の段よりも一段が高くなってしまったのだ。
この段差の狂いが問題なのだ! 人間は階段を歩くとき、最初の1~2段で段差を脳が理解し、そのペースで階段が続くものだと認識し、そのつもりで足を動かそうとする。したがって一部だけ段差が異なっていると、その前提が崩れるため、つまずいたり、足を踏み外しそうになったりする。
ここを通るとき、危険な目に遭った人は少なからずおられるのではないだろうか。
私は、調子が狂っただけで、挫くことも転ぶこともなかったが、ヒヤッとしたのは事実。ここを通る際は、是非、注意して欲しい。
この駐車場の上に見える橋が、高千穂大橋。そして、下の写真の軽自動車が止まっているところの右奥が上の写真の駐車場だ。駐車場から出てくると旧道に出てくる。この道の向こう側の道の両側が有料駐車場になっている。第2あららぎ駐車場だ。ここの駐車料金は1回300円。
上の写真は石橋「神橋(しんばし)」の上から撮っている。ここに左手あららぎ茶屋の手前を左下に降りる階段が高千穂峡の遊歩道の入口だ。
岩盤からなる川床にできる円筒形の深い穴をかめ穴、または甌穴(ポットホール)という。
これは川床の岩盤のくぼみや割れ目のところに渦巻きが生じ、そのエネルギーで穴ができ、その穴に入った小石が渦巻きによってさらに岩盤を削っていってできあがったもの。深い円筒形の穴に成長する。
五ヶ瀬川の中で一番川幅が狭くなっているこの場所を「槍飛」という。天正19年の(1591年)県(おがた・今の延岡)の領主高橋元種から高千穂が攻められ、三田井城が落ちた。そのとき、城を脱出した家来たちがここまで逃げてきたのだが、橋がないので槍の柄を使って飛び越えようとした。柄を手前に着いた者は飛び渡り、向こうに着いた者は川の中に転落したと伝えられているそうだ。
一番手前の古い石橋が、戦後間もなくに架けられた「神橋(しんばし)」だ。県道が通っている。
手前から2番目が、「高千穂大橋」。1955年に竣工された鋼鉄のアーチ橋だ。これは、神橋に比べると高い位置に架けられているため、川を渡るのに峡谷を下の方まで下って登る苦労から解放された。
そして、一番奥の3つ目の橋が、2003年(平成15年)に竣工されたコンクリート橋「神都高千穂大橋」。逆ランガーアーチという構造を持ち、橋長300メートル、水面からの高さ約115メートルである。高千穂大橋よりもさらに高い位置に架けたれ、ほとんどカーブなしに直線的に渡れるようになり、移動時間の短縮に繋がった。
これらの3つの橋を高千穂三橋、あるいは高千穂三代橋というそうだ。
この仙人の屏風岩から真名井の滝・ボート乗り場付近までが自然の造形美が素晴らしいところとして、1934年(昭和9年)に名勝天然記念物に指定されている。
真名井の滝の展望台から上に上がっていくと…
石碑「名勝 高千穂峡」の奥には高千穂峡高千穂町観光協会直営店や千穂の家元祖ながしそうめん、お食事処田舎やなどの飲食店・土産物店が並んでいる。
橋を渡り終えて、千穂の家地場産品直売店の前を通り過ぎると、第1御塩井駐車場がある。有料で1回500円。その先から下ったところに
高千穂峡遊覧貸しボート乗り場
がある。今回はボートに乗らないので引き返して、千穂の家地場産品直売店を覗いた。
千穂の家地場産品直売店を覗くと、地酒コーナーがあった。
330mlで1,020円だなんて、普通のビールの4倍もするじゃないか。いつもだったら間髪を入れずにスルーするのに、何故か強烈に気になった。
そして、反対側には様々な種類の焼酎とミカン酒、梅酒が並んで、こちらにも興味を引かれた。
しかし、ここまで来るのに、約1.7kmを写真を撮ったり、説明板を読みながら、自然の造形美を楽しみつつ、1時間11分もかかって移動してきたのだ。帰りもたぶん同じぐらいの時間がかかるハズ。ならば、手荷物を増やす訳にはいかない。
さあ、どうする…。
No.1ビール「栗黒」1本と、その隣の鶏のささみ燻製だけ購入した。これぐらいだったらレジ袋に入れて肘に架ければ大丈夫。
そろそろ引き返す時間なのだが、橋の反対側の店も一応、観ておく。
高千穂峡高千穂町観光協会直営店と元祖流しそうめんが池の周りに軒を連ねている。池をぐるっと回ると
道路に出て、少し上に登ったところに高千穂町の上水道施設がある。
説明板には以下のように記されている。
「玉垂の滝」の上にある半月の岩形を月?形と言います。弟・素戔嗚尊(すさのおのみこと)のご乱暴に嘆き悲しんだ天照大神は、天岩屋戸にお隠れになりますが、八百万の神々の議り事により、再びこの世にお戻りになります。素戔嗚尊は神々の裁きを受け、所払いとお詫びの証を作ることになりました。 尊は、天照大神を火の光る太陽として日形を彫り、自分の光は月の光の半分もないからと、三日月の穴を彫り、その後高天原を去り、出雲に行かれたと伝えられています。江戸末期の記録には月?形・日形の絵図も残されていますが、今は日形は崩壊し、月?形のみが残っています。
この池の前をさらに進むと、真名井の滝展望台を見下ろす展望スポットに出る。
さて、では帰路に着こう。遊歩道に戻ることにした。
七ツヶ池の前に立てられている説明板には以下のように記されている。
「七ツヶ池」 その昔、十社大明神(三毛入野命)が散歩されていると、水鏡に美しい娘が映っていた。この姫にこそ鬼八が奪ってきた鵜ノ目姫であり、十社大明神が鵜ノ目姫に一目惚れされたところだと言われています。 また、岩のうねりの間からは泉酒が出ると伝えられています。
「鬼八(きはち)の力石(ちからいし)」の説明板には
「鬼八の力石」(重量約200トン) 前方の大きな石が鬼八の力石です。 高千穂神社の祭神三毛入野命(みけいりのみこと)は弟の神武天皇とともに大和に行かれますが、伝説では再びお帰りになり、高千穂峡一帯で悪行を働いていた鬼八を退治し、この地を治めたといわれています。この時、鬼八が三毛入野命に投げ、力自慢した石といわれています。
「神硯の岩」の説明板には次のように記されている。
「神硯(みすずり)の岩」 江戸の盲人学者塙保己一が「稀代の偉傑で諢涙身之れ勤王」と激称し、寛政の三奇人の一人に数えられた高山彦九朗が1792年7月17日に高千穂を訪れています。その紀行文「筑紫日誌」に「新橋を渡りて右に十間余なる岩硯の如くなる有り。何共名あらず予硯石を名付けて可也といひし」とあり、当時の高千穂神社、神主田尻隠岐守は彦九朗と別れの時次の詠をおくりました。 「みすずりの 岩とやいわれむ 神代より 伝へしことの 杤ぬ也けり」
上の写真で、右手に遊歩道が続いているが、これを進むと高千穂神社に行けるようだ。次回はここを歩いてみようかな。
もう一息だ。ここから階段を上っていけば、第3大橋駐車場にたどり着く。
帰りも2.2 kmを1 時間 17分で
第3大橋駐車場
に歩いて戻った。10時55分到着した。9分間クルマの中で次の行動計画を練った。
1.0 kmを4 分走って
道の駅 高千穂
に移動した。トイレ休憩のために第1駐車場に行ったのだが、案の定、駐車場はほぼ満車状態。入れ替わり待ちが生じていた。第2駐車場は混んでいないのだが施設から少し離れているので、皆、敬遠しているようだ。
施設の中も人で溢れていた。道の駅スタンプだけ急いで押して、クルマに戻った。そして、すぐに出発。
ひむか神話街道/国道218号とひむか神話街道/県道7号を経由での7.3 kmを15 分で走って
天岩戸神社・天安河原駐車場
に到着。11時35分。クルマを駐車場に駐め、天岩戸神社西本宮に向かった。天岩戸神社の境内の位置関係については公式Webサイトの「境内のご案内」を参照すると分かりやすい。
天岩戸神社西本宮
鳥居をくぐって、中に進む
参道と岩戸川の間にある林が目隠しとなっていて、川も対岸もほとんど見えない。当然のことながらご神体の「天岩戸」もここからは見えない。
向こうに見える鳥居の手前左手が社務所。右手がご神体天岩戸見学コースの待合所だ。
説明板には、以下のように記されている。
古代銀杏は長野県諏訪と2ヶ所しかないといわれており、得意な葉実の形をして居ります。この銀杏の実を陛下の御料として御指定になり献納したことがあります
この拝殿の裏手に、ご神体「天岩戸」の遥拝殿がある。時計をみると11時50分だった。ちょうど10分後の12時00分が7回目の集合時間になっている。せっかくなので、集合場所になっている休憩所に行って待つことにした。
案内開始時間は①9時00分~30分おきで⑦12時00分、昼休みを挟んで⑧13時00分~⑭16時00分、最後が⑮16時40分となっている。
12時00分に、神主が来られて、集まった見学客を誘導された。西本宮拝殿前で説明とお祓いの後、未参拝の参加者には参拝を呼びかけ、その後、遥拝所へ案内された。そこでも神主の説明がある。写真撮影は固く禁じられているので、記憶に留める他はない。
見学が終わった後、天安河原に向かった。
650 mを12 分で歩いた。奥の3つ目の鳥居から外に出て、一般道を歩くと、ソフト区ルームなどを販売する店が3軒ほと並んだ先から、河原へ続く道を進む。
天安河原
12時26分から12時34分まで滞在。2~3分おきぐらいだろうか、次々に人が訪れているのだが、喋り声は聞こえない。皆、この場の神秘性というか神聖さのためか、口をつぐんでいるようだ。
徒歩- 750 m、14 分でクルマを駐めた駐車場に戻った。12時48分。