ぐるっと長旅

魚津市でMagicショー開催?じゃぁ行こう!富山と長野を巡る旅[5日目]戦没画学生慰霊美術館「無言館」へ

道の駅「みまき」で待ち合わせ

数年ぶりに再会する友人と道の駅「みまき」で待ち合わせた。一緒に戦没画学生慰霊事物館「無言館」に行かないか? そして、できたらさらに、その周辺巡りにお付き合いいただけないか? とお願いしていたのだ。

待ち合わせ時刻は朝8時。少々早すぎたかもしれないが、相棒は文句ひとつも言わず、たっぷりと時間をかけて動き回りたいと思う私の気持ちを汲んでくれたようだ。

えっ? 違う? 単に毎朝、早起きしてて慣れているだけ? そうならそうで構わないけど…

まずは朝食、ということで、無言館の近くで朝早くから開いていてモーニングのある高評価のカフェをGoogleマップで検索したらここになった。

カフェ「Garden Berry」で珈琲&トーストをいただく

Googleマップの誘導で向かったのだが、ゴールに着いているはずなのに実際に店を見つけるのに手間取った。隠れ家的な店構えだ。こじんまりとした店の中には3人分のカウンターとちょっと大きめのテーブル席ひとつ。木をふんだんに使った落ち着いた内装で、こだわりを感じる小物も落ち着いた気分にさせる。

香り高い珈琲と蜂蜜シロップのトーストをいただいた。

小一時間、ゆったりとした気分で過ごしながら、無言館の後の行き先を検討した。

そして、店を出て、数年来、どうしても訪ねてみたかった本日一番の目的地、「無言館」に向かった。ここから4.4㎞、クルマで15分ほどの距離だ。

戦没画学生慰霊美術館「無言館」で絵画鑑賞

戦没画学生慰霊美術館「無言館」は山王山公園から高台に上がった木立の中にある。クルマを駐めて駐車場の先に歩いて行くと、コンクリート打ちっぱなしの建物が見える。その建物が「無言館」。側面には窓がなく、正面の入口だけが目に入る。上空から見たら左右の長さが違う十字架のような形の建物だ。

入口から入ると、内装もコンクリートむき出しの壁だからか、室内がひんやりとした空気につつまれておる。しかも、音のない静寂な空間になっている。そこへ人物画、自画像、風景画、静物画、抽象画など様々なジャンルの作品が一定の間隔で並べられており、天窓と淡いスポット光の中に浮かび上がっている。

これらのすべての絵が戦地で亡くなったか、怪我や病気のために帰還したが、治療の甲斐なくその後に亡くなったりした美術学生の絵だとは、言われないとわからない。

絵の横に、画題と作者名、出身地、享年と亡くなるまでのいきさつが書かれている。ほとんどの方が20代で人生を終えている。日本各地からムラなく作品が収集され展示されている。私と同じ出身の方もおられた。

いつも何気ない気持ちで見ていたふるさとの風景、大好きだったお祖母ちゃん、愛する妻、あるいは婚約者…。さほど遠くない未来に、出生することになるだろう。あるいは既に召集令状を受け取った後だったかもしれない。そのようなとき、これらの方々はどういう思いでこの絵を描きあげたのだろうか…。

駐車場から無言館を望む
無言館の入口
無言館の出口

第2の展示室「傷ついた画布のドーム」にも作品が展示されいる。

こちらの方には、「オリーヴの図書館」が併設されている。

モニュメント。郵便ポストの赤が壁の方に乗り移ったのかな??

気付けば2時間ほど経過していた。一つひとつの作品に込められた叫びやうめきに耳を澄ませていると、いんいろんな思いが浮かび上がり、交錯し、心の中がパンパンに膨れ上がった。一度訪ねて鑑賞しただけでは、とても味わい尽くせないし、消化もできない。あと2度、3度と訪ね直していかなければならない場所だと痛感した。

時刻は12時をまわっていた。この後の行き先は十分に検討していなかったがために、友人の提案をそのまま実行することにした。北上して戸隠神社の杉並木を観に行く!

昼食は走りながら探して、気に入った場所が見つかったら入る作戦だったが、一瞬で気に入る場所なんてそう簡単には出会えない。この作戦が上手くいくことはほとんどない。

無言館から36.7km走ったところで、虫押さえを購入するためコンビニ「ファミリーマート長野中御所四丁目店」に立ち寄った。

大座法師池の芝生広場で小休止

さらに、9.8km走って大座法師池の横の芝生広場で小休止。13時50分。昼食のタイミングを外してしまった感じになった。標高1000㍍の高地なので、雪が解けきれずに残っている。

大座法師池には水面に氷が張っていた

そして、さらに 9.8km走って、戸隠神社中社駐車場にクルマを駐めた。14時15分。

蕎麦処うずら家でそばを堪能

さすがにこの辺は雪が積もっていて歩きにくい。戸隠神社中社の見学は後にして、「蕎麦処うずら家」で遅すぎる昼食をとることにした。

店の入口の右上に戸隠そばの由来が以下のように記されている。

平安時代初期、天台宗および真言宗による山岳密教が入り、戸隠は修験者のメッカとなる。
戸隠三千坊と称される程諸国の山伏達が集まり隆盛を極めたとのこと。
ホラ貝を吹き鳴らし、人跡未踏の霊山を探り、さらに荒行を重ねた修験者達。
戸隠にそばの実が伝えられたのはこれらの人達による者と言われる。
火断ち二十一日という行ではそばの実の外殻を砕き、中身をつぶして水でこねて食し、一念集中して精神と肉体の限界に挑戦したという。
以来千年余経た今日まで手打ちそばの技術として代々この里に受け継がれてきたものである。

また、戸の上には「唯一無二」と書かれているが、これについては、メニューの最初に記載がある。

唯一無二

蕎麦に出会い
菜に愉しみ
酒に酔いしれ
時間に こころ遊ばせる
- ひとり ひとりに 世界がある -

私はざるとろろそばをオーダー。そばはいわゆる「ぼっち盛り」で出てきた。

ぼっち盛りの由来については諸説あるそうだが、そのうちの1説によると、麺をくるっと巻いたひとつの固まりを1ぼっちと呼び、神々への奉納の気持ちを込めた魂の形を表現している。そして、通常ざるそばの一人前は5ぼっちで、戸隠の5つの社を表している。大盛りは7ぼっちだが、それは戸隠5社に五斉神社と宣澄社を加えた7つの社を表しているそうだ。ということは、つまり、ぼっち盛りの麺をいただくことによって、戸隠の5社ないし7社に魂を奉納していることを表現しているということであろう。麺の並べ方ひとつにも心配りというか、思い入れというか、半端なく気持ちが込められている。

それに加えて、本物のわさびがおろし金に乗せられて出てきた。摺り下ろしたわさびを口に入れると、ピリッとした中に甘さや旨さが詰まっている。摺り下ろしたわさびはそばつゆには溶かさず、そばとわさびを交互に食べて、どちらも香りと味を楽しんだ。

しかし、壁に目を向けると、そこには残念なお知らせが…。張り紙には、わさび提供方法の見直しが記されていた。どうも、本わさびをこの形で入手し、提供していくことが困難になったため、近いうちに袋入りの摺りわさびに変更するとのことだった。

今回、このスタイルを経験させてもらい、うきうきしただけに、次回にはもう味わえないとなると、ほんと残念でならない。

店側にとっても苦渋の決断だったと思うが、なんとかいい方法はないものか…。

相方は外が寒かったのか、温かいそば「鶏南ばん」を注文した。これも美味しそう。

そして、「お野菜いろいろ天ぷら盛り合わせ」はふたりで分け合って…。

食事を終えたとき、店に2時間近くいたことに気付いた。

そんなに時間が経っていたのか…。

そもそも入店時が昼食時間を大きく過ぎていたため、殆ど並ばずに入店できたのだが、店の中は幾部屋もあるのにほぼ満席。オーダーしてから品が出てくるまでには結構時間がかかったのが原因。

50年以上続く老舗の名店、外に1時間並ぶこともざらにあるそうで、今回、外で待たされることがなかったのは本当にラッキーだった。美味しかったので満足!

戸隠神社中社と三本杉

店を出て、戸隠神社の三本杉を観察。この三本杉は一辺が約72㍍の正三角形に植えられているが、それには漁師と人魚にまつわる言い伝えがあるとのこと。

神社に向かって右の大杉。いろはの「ろ」の杉。確かに大きい。木の前を歩いているのは、こびとでもこどもでもない。れっきとした成人女性だ。

目通り9.4㍍。目通りとは樹木の胴回りを目の高さで測ったときの長さだそうだ。そして、高さは目測42㍍。

雪で歩きにくかったが、滑らないように注意を払いつつ神社正面の階段を上って、中社の社殿へ向かった。

そして後ろに振り向くと、大きな杉が…。いろはの「い」の杉だ。目通り7.3㍍、高さ目測37㍍とある。この木が3つの幹に分かれていることから、三本杉と誤解されることがあるらしい。あくまでも3本杉は、正三角形を成す「い」「ろ」「は」の杉3本の総称ということだ。

そして、最後にもうひとつ、鳥居の左にあるのがいろはの「は」の杉。目通り10.6㍍、高さ目測37㍍らしい。というか戸隠観光協会の立て札の数字をみているのだが、「は」の杉の目通りは縦書きで「十六米」と書かれている。しかし、この杉だけ他のに比べてずば抜けて太いとは考えにくい。そこで私はこれを10.6㍍と理解した。立て札に小数点を書き忘れたのだと…。

それで、実は私も、「は」の杉の写真を取り忘れている。困ったものだ。近いうちに再度、訪ねて、そのときは必ず写真に収めたい。

クルマで、奥社入口駐車場まで移動

奥社への参道はますます雪深く、歩きにくかった。というか、九州で生まれ育ったものは雪道になれていない。いや、それは言い訳で、想定の甘さによる完全な準備不足だ。

2本杖がなくても、せめてスノーシューの類いがあれば、歩きやすさは格段に高まっていたであろう。

しかし、だからといって、ここを進まずに引き返すわけにはいかない。慎重に一歩一歩進んでいった。

奥社の大鳥居をくぐる。

そして、滑らないように細心の注意を払いながら、大きな杉木立の中をさらに奥へ奥へと進んでいく。

すると、戸隠神社奥社 随神門にたどり着いた。

この門をくぐると、想像を絶する光景を目の当たりにする、

巨木の杉並木だ。半端ない大きさだ。左右それぞれに80本ずつ植わっているらしい。人間がほんとに小さく見える。不思議で神秘的な風景だ。

随神門を過ぎると、道はますます雪深くなったので、これ以上は普通の靴では勧めそうにない。かんじきを用意しておくべきだった。残念だが、今回はここで引き返すことにした。

ところで、随神門には2柱の神様が祀られている。

左に豊石窓神(トヨイワマドノカミ)。

右が櫛石窓神(クシイワマドノカミ)

2柱とも天照大御神の岩戸隠れにおいて瑞殿(みずのみあらか=天照大御神のために新しく作った新宮)の門の守衛にあたった神様なのだが、どこか表情が柔らかで優しさを感じる。

このお姿を拝見し、日本を代表するコメディアンであった志村けんさんを思い出すのは私だけだろうか…。

帰路につく

奥社入口駐車場から随神門までの雪道、往復約 2.2㎞を歩いてクルマに戻ったときは、16時半をまわっていた。

道の駅みまきまでの63.1㎞を2時間10分で走り、その後、相棒の自宅近くの居酒屋へ向かった。

天国の酒とりたまや

ここは、JR小海線の岩村田駅近くにある鶏料理専門店。雰囲気も悪くない。リーズナブルで味もいい。酒の種類も豊富にあるらしいが、私はハンドルキーパーなのでノンアルコールで我慢した。

食事を終え、相棒を自宅に送って、道の駅みまきに戻ったのは、23時15分。

よく動き、よく喋った一日だった。

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