ぐるっと長旅

天孫降臨の神話のふる里に住む友人を訪ねて[4日目]桜島を四方から眺める1日

昨日、3日間過ごした高原町の友人宅を出て、霧島の滝巡りに温泉を満喫した後、南下して、桜島近くの道の駅たるみずまでやってきた。結構ハードに動いた1日だった。

今日は、桜島を堪能する1日にするつもりが、天候不順。こんな天気だと、充実した1日にできるかどうかは微妙だが、自然の変化にあらがうことはできないので、運を天に任せて、午前中は、ゆったりと構えて、様子見をすることにした。さて、どんな一日になることやら…。

2021年8月4日(水)の行動履歴

宮崎県、太宰府市、鹿児島県

<車移動> 93.2 km 3時間19分 <徒歩移動> 73 m 2分
道の駅 たるみず 13:28
↓ 車- 2.6 km 3 分 国道220号 経由
太崎観音 13:31~13:40
↓ 車- 5.8 km 7 分 国道220号 経由
カネショウ森商店 13:47~13:53
↓ 車- 13.1 km 27 分 国道220号 経由
椿の里 14:20~16:00
↓ 徒歩- 74 m 2 分
原五社神社(腹五社神社) 16:02~16:11
↓ 車- 16.7 km 49 分 県道26号 経由
烏島展望所 16:59~17:17
↓ 車- 600 m 5 分
赤水展望広場 17:21~17:40
↓ 車- 1.9 km 7 分
桜島溶岩なぎさ公園&足湯 17:47~18:08
↓ 車- 10.6 km 21 分 国道224号 経由
有村溶岩展望所 18:29~18:54
↓ 車- 6.6 km 8 分 国道224号 and 国道220号 経由
道の駅 たるみず 19:02~19:08
↓ 車- 7.4 km 16 分 国道220号 経由
ストアーほりのうち 19:23~19:26
↓ 車- 3.7 km 9 分 国道220号 経由
タイヨー 垂水店 19:35~20:02
↓ 車- 9.8 km 16 分 国道220号 経由
道の駅 たるみず 20:18~20:30
↓ 車- 14.4 km 33 分 国道220号 and 国道224号 経由
赤水展望広場 21:03

道の駅 たるみず

午前中は、雨が降ったりやんだりを繰り返していた。そして、桜島の山頂には、雲が覆っていて、まったく見えない状態だ。

こんな時は、トレーラーの中に留まって、パソコン叩いて、溜まっている事務作業を少しでも進ませることも大事だし、のんびりと過ごして、気分をリセットすることも大切だ。

そうそう、明日お邪魔するMさんご夫婦にLINEをして、今のうちに何時頃向かえばいいか、などの打ち合わせをしておこう…。

そう思って、LINEアプリを開くと、すでに8時前にC.Mさんから問い合わせの着信があった。明日は何時頃、到着予定か?何が食べたいか?宿泊はするのか?と言った内容だった。すでに着信から100分ほど経過している。シマッタ…。

返信しておこう。敷地にトレーラーを駐めさせていただいて、1泊させてもらうことと、アルハンブラ宮殿と命名された裏山の東屋でバーベキューをさせていただきたいと要望した。そして、前回のように楽しさのあまりに調子に乗って深酒するのは避けたいが、飲み物は私の方で、ビールと焼酎とワインを持ち込むつもりでいること。到着時間は、そちらの都合に合わせたいといったことを書いて送信した。

すると、30分後ぐらいに返信が来た。15時頃だとまだ暑いので、16時過ぎぐらいに来てはどうか、ということだった。楽しみになってきた。

さて、時間が経って、午後になると、だんだんと青空が広がってきた。

ならば、そろそろ外に出ようか…。まずは道の駅たるみずを歩いてみよう。

ここには、日本最大級の足湯があって、無料で楽しめる。

日本最大級の足湯
足湯よりも更に海側に遊歩道がある

遊歩道を西に向かって歩く。

遊歩道の西側駐車場の横から、振り返って東方向をみる
遊歩道の西の端から桜島を眺める
西側駐車場横にある海軍航空隊櫻島(牛根)基地跡の碑

海軍航空隊櫻島(牛根)基地跡 の碑

 この地、鹿児島県垂水市牛根 は雄大な桜島の麓に位置し錦江湾 内でも唯一波静かな美しい処である。1945年(昭和20年)第2次世界大戦 末期福岡県船越村に第634海軍航空隊 本部(秘匿玄海基地)が訓練基地として設置され、ここ垂水市牛根にも秘匿櫻島(牛根)基地が前進攻撃基地として開設された。この櫻島(牛根)基地には、比島戦 から多大の戦果を挙げていた水上爆撃機瑞雲 20機と零式水上偵察機を零式水上雷撃機に改修した雷撃機10機、哨戒偵察機6機を配し、海軍航空史上初の玄海・櫻島(牛根)両隊で130機を越える水上機による攻撃大部隊として本土決戦に備えていたが、8月15日には大戦終決となった。
 茲に、この地の歴史を後世に伝えるとともに今日の日本の尊い礎となった若者達の鎮魂と平和を祈念しこの碑を建立する。
 平成17年8月吉日
                          記念碑建立賛同者一同
                          海軍関係者一同

海軍航空隊櫻島(牛根)基地跡 の碑」碑文本文
  (横書きのため、筆者が漢数字は算用数字に直した)
近代造船発祥の地「国旗日の丸のふるさと」の碑

幕末、西欧列強が東アジアに進出してきた時代に、島津家28代当主島津斉彬公は「海から来る敵は海で防ぐべきである」と考え、桜島の瀬戸・有村、垂水の牛根に造船所を設け、洋式軍艦の建造に取り組まれました。また嘉永6年(1853)、ペリー艦隊が浦賀に来航し、幕府が海防の必要性に気づくと、幕府に大船建造の解禁と、軍艦15艘の建造を願い出られました。そして瀬戸で昇平丸、有村で大元丸・承天丸、牛根で鳳瑞丸・万年丸が建造されました。
軍艦建造は5艘で終わりましたが、大隈半島と桜島の間の海峡のこの地は、日本における近代造船発祥の地となりました。
 また斉彬公は、昇平丸の建造中、大船建造の解禁を願い出られた際、日本の船と外国の船を区別するため、白地に赤い「日の丸」を掲げるように幕府に提案されています。これを受けて、翌安政元年(1854)7月11日、幕府は「日の丸」を日本の総船印と定め、安政2年(1855)春、幕府に献上するために鹿児島を出航した昇平丸に日本総船印としての「日の丸」が掲げられ、万延元年(1860)には国旗へ昇格したのです。
大隈半島と桜島の間の海峡は、
“国旗「日の丸」のふるさと”でもあるのです。

近代造船発祥の地「国旗日の丸のふるさと」 碑文の本文より
     (縦書きを横書きに、漢数字を算用数字に直した)
幸運の釣鐘

幸運の釣鐘

 松ヶ崎を訪れた記念に、桜島に向かって鐘を鳴らし、願い事をして見ませんか。

   健康を願う方は・・・・・・・・・・1回
   恋愛成就・夫婦円満を願う方は・・・2回
   家庭円満を願う方は・・・・・・・・3回
   商売繁盛を願う方は・・・・・・・・4回
   子宝を願う方は・・・・・・・・・・5回

 思いを込めて鳴らしてみましょう。
 桜島が噴火しているときは、より願いがかなうかもしれません。
                 平成27年2月 松ヶ崎地区公民館

「幸運の釣鐘」碑文の本文

この碑文は、先の2つと雰囲気が大きく異なる。先の碑文に目を通して、かつての過酷な時代に心を馳せ神妙な気分になっているところに、来訪記念ということで桜島に願掛けをする企画が登場。急に現代に引き戻されてのほほんとする気持ちになった。

ただ、その設定には首をかしげたくなる疑問がある。その1つ目は、願い事によって鳴らす鐘の回数を分けること。これは如何なものか…。きっと秘めた願いが公にされることに抵抗感を抱く人もいるだろう。何故、回数を変えなければならないのか? 神社でもキリスト教会でも、祈祷を捧げるときに、その内容によって作法が変わることはないはずだ。

それに、締めの言葉「噴火中は、より願いが叶うかも…」という曖昧な表現も気になる。これが2つ目。「かも」とはいったい何だ!せめて、噴火中を特別視するのであれば、「噴火中は特に願いが叶います。」ぐらいは言ってもらいたいものだ。

そんなことを考えながら、碑文を読んだ。

さて、遊歩道を最後まで歩くと国道に出る。そこから、道の駅の西側駐車場に入って…。今度は昨夜のトレーラー進入行き止まり事件について検証する。

西側駐車場の海側に道路の入口がある。

西側駐車場奥の海側の道路

明るいときに見ても、なんとなく東側駐車場まで繋がっている雰囲気がある。それよりも道幅が狭いことに気を取られる。特に昨晩のような暗闇の中では、道幅の狭さの方が気になって、通り抜けられるかの心配までは気が及ばないのはやむを得ない。

この道を進むと…。

レストランの手前が広くなっている。

昨夜は、ここで、トレーラーとヘッド車を切り離して、それぞれ別々に転回した。

レストランを過ぎた車道の終端

レストランの海側を更に進むと、このような形で行き止まりになっている。通り抜けられるのは、歩行者だけだ。

海側道路は、レストランの東側で遊歩道になる。
道の駅たるみずから櫻島を眺める 山頂は雲の中…。    12時51分

山頂に雲が残ってはいるものの、天候はほぼ回復した。そろそろ桜島の周遊探訪に出掛けよう。トレーラーはとりあえず、ここに残しておいて、ヘッド車だけで出掛けることにする。

13時28分、出発。幻の焼酎「森伊蔵」を造っている森伊蔵酒造に向かう。

↓ 車- 2.6 km 3 分 国道220号 経由

途中、路肩の広くなっているところがあったので、クルマを駐めてみると…、そこは

太崎観音

だった。13時31分着

解説版の向こうに石祠がある
解説版のアップ

元和6年(1620年)、観音岩の南側の岡が崩壊して、そこにあった愛松山小河寺(真言宗の小さな寺)も廃寺
明和元年(1764年)、華蔵院住持の盈仙和尚の勧めで石祠を建立。
ここには聖観音1体が安置され、現在でも安産を願う人々や漁業関係者などの地域の方々の信仰対象となっている。

また、牛根地区でも有数の眺望絶佳の撮影ポイントだ。

石祠
右:「招魂碑」鮫島員規書、左:明治三十七八年戰役「紀年碑」海軍大将鮫島員規書

紀年碑←石碑の漢字とは微妙に異なっているが、フォントが見つからなかった。

太崎観音から桜島を望む

13時40分、出発。

↓ 車- 5.8 km 7 分  国道220号 経由

カネショウ森商店

に到着したのは、13時47分

<お詫び> 恥ずかしながら、こちらを森伊藏酒販と勘違いして、2日間も違う場所に通っていたということに、ブログ記事を書く段になって、ようやく気付いた。信じられない。こんなこともあるんだね~。
森伊蔵酒造改め、森商店の入口

ただ漠然と、森伊蔵だから森商店で販売していると何の疑問を持たずにここに来て、「あら、臨時休業なんだ…」と、この場所を後にしていた。

しかし、よくよく調べてみると、森伊蔵酒造は国道沿いに2軒隣の店でここではなかったのだ。何をやっているんだ!絶句!

休業中だったせいもあるあろうが、完全に思い込んでいたので、そもそもラーメン屋とCafeだということにも気付かなかった。

自分でも、とても受け入れられないぐらいの驚くべきミスだ。いったい何を見たり、考えたりしていたんだろう。ボーッとしているにもほどがある。しかし、これが間違いだったと気付いたのは、ずっと後になってからだった…。

13時53分、この場を離れた。ここからは、引き返して、桜島に向かう。


しばらく走って、桜島の付け根を通ったとき、右折できる大きなT字路があったので、そこを曲がった。ただなんとなく、「半島のような桜島に行くには、国道から右折して島に入る必要があるだろう。」と思い込んでいたせいだ。それで、何の躊躇もなく、右折したのだが、これは、県道26号桜島港黒神線だった。

この結果、今回の桜島周遊は左回りで進むことになった。

ちなみに、ここを曲がらず、約500㍍先の左折のあるT字交差点をそのまま直進すると、道は国道224号線になって、自然に桜島を右回りでまわるルートになる。右折する必要はないのだ。逆に桜島に入らず鹿屋方面に走りたいとき先ほどの交差点を左折する必要がある。

さて、道路と電線意外にはほとんど人工物の無い道をしばらく走っていると、突然、左側にコンクリートの駐車場と古い物産展のような建物があった。

とっさにハンドルを切り、駐車場に進入してみた。しかし、どうも休業日のようだ。店のシャッターは閉まっていた。

店の入口上には「 桜島火山展望台 」そして、左側の看板には「桜島小みかん・大根畑/火山パワースポット 無料見学入口は店内から」とある。

「店休日ならば仕方ないな。またの機会に…。」

(後日、Googleマップ出調べたら廃業になっていた。)

旅の里 火山展望台

先に進んだ。

すると、間もなく集落に入り、右手に黒神埋没鳥居駐車場が見えた。

クルマを駐めた。

駐車場の先に飲食店の旗がひらめいている。「何の店だろう…。」

Googleマップでチェックした。口コミでは一様に女将さんが気さくで話が楽しくて長居したこと。メニューはちゃんぽんのみ、美味しい。椿油使用。…とある。お腹も空いているし…、是非入ってみたくなった。

↓ 車- 13.1 km 27 分 国道220号 経由

椿の里

に入店したのは、14時20分。

店舗入口

入店すると男性ひとり、女性ひとりのお客さんがカウンター席に座っていた。ふたりはそれぞれ常連客のご近所さんのよう。カウンター以外にも座敷が2テーブルあるが、5人ぐらいは座れるカウンター席で女将さんと楽しく語らうのが、この店のスタイルのようだ。

入店すると、直ちにその雰囲気に包まれてしまう。当然だが、ちゃんぽんをオーダー。大盛りにはしなかった。

女将さんからだけでなく、お客さんからも話しかけられる。いつの間にか、おしゃべりの輪の中に組み込まれてしまった…。

喋っているうちに、ちゃんぽんが出来上がった。

野菜たっぷりで色味の豊富な一品。トロピカルなちゃんぽんだ。紅花油が使われているちゃんぽん、にんにくもふんだんに使われているようで、香りゆたかでパンチが効いていた。元気が出そう~~。

ちゃんぽん
カウンター席

女将さんがこの店を始めたのは 9年前。そして、ちゃんぽんがブレイクした4~5年前からはメニューをちゃんぽんのみにしたそうだ。でも、「コーヒーはあるんでしょう?」と聞いたら、「あとで入れますね。」と言ってくれて、サービスで出してくれた。

女性のお客さんは、小さい頃から特殊能力の持ち主で、悪霊や宇宙人が見えていたそうだ。人の顔に見える空の雲の写真を見せてくれたり、チベット仏教の話を詳しく教えてくれたり…。スピリチュアルに詳しい人だった。

この女性が、トレーラーを駐めて車中泊できる穴場はいっぱいあるよ。と言ってくれていたのだが、心霊現象の話で圧倒されて、車中泊スポットの詳細を聞きそびれた。

男性客からは、コンサート「長渕剛 ALL NIGHT LIVE IN 桜島 04.8.21」が開催された特設広場の跡地、赤水展望広場にはキャンピングトレーラでも車中泊できるトイレ付きの駐車場があるとの情報を得た。

いろんな話題で盛り上がり、気付けば100分ほどが経過していた。あっという間の楽しいひとときだった。また来たい。

16時00分に店を出た。クルマで移動する前に、店の向かいにある埋没鳥居を見学しよう。

↓ 徒歩- 74 m 2 分

原五社神社(腹五社神社)

16時02分。

鹿児島県指定天然記念物「噴火により埋没した鳥居」 その右手前の建物は「黒神げんき
黒神げんき塾の内部① 「椿油ができるまで」「どんぐりの苗木づくり→植樹」
黒神げんき塾の内部② 「大正の大噴火と埋没鳥居について」「昔は島でしたが…
昇平丸について」
黒神げんき塾の内部③ 「原五社神社と腹五社神社」
黒神げんき塾の内部④ 「塩屋ヶ元地域との合同避難訓練」 黒神川柳は審査中?
参道左側の祠 奥が本殿
奥が本殿で手前右側にも祠
腹五社神社の本殿
本殿内部
本殿内部

原五社神社から正面から右にぐるっとひとまわりして、駐車場に戻ってきた。

駐車場にある避難壕
駐車場に設置されている説明板「桜島の誕生物語」
駐車場に設置されている説明板「黒神防災新聞」
駐車場に設置されている説明板「ジオを体験できる黒神校区」

16時11分、駐車場を出発。

黒神ビュースポット手前の橋の上から桜島を見る

↓ 車- 16.7 km 49 分 県道26号 経由

その後、桜島を半周まわって、

烏島展望所

には、16時59分に到着した。

駐車場

ここには写っていないが、この駐車場には公衆トイレもある。トイレの横から遊歩道を上っていくと、展望台がある。駐車場は道沿いだが、国道からは1本入っているので、交通量は多くない。

烏島展望所
展望所からの眺め
烏島砲台跡に関する説明板

この説明板にある地図で水色は海だろうが、濃い緑と薄緑の意味が記載されていない。高低差なのか、大正噴火の前と後の海岸線だろうか…。なんとなく現在の海岸線のようだが、薩英戦争を説明するのなら、幕末の地図を使ってほしいものだ。

「烏島(カラスジマ)」「桜島の溶岩と烏島の位置」説明板

この解説によると、烏島は海岸から約500㍍沖合にある高さ20㍍、周囲500㍍の無人島だった。その小島が1914年(大正3年)1月12日に起こった大噴火で、13日から溶岩が流れ始め、18日まで続いて、烏島は溶岩に飲み込まれ、埋め尽くされてしまった。

遊歩道沿いにある溶岩が固まった岩
展望所から御岳、昭和火口方面を眺める
反対に海側を見る
鹿児島の市街地が見える

クルマに戻り、17時17分に出発。

↓ 車- 600 m 5 分

赤水展望広場

は、17時21分に到着した。ここが、椿の里におられた男性客から教えてもらった、2004年の長渕剛の野外ライブ跡地で、キャンピングトレーラーでの車中泊に最適な場所。

国道224号から1本海側に入った道を通り、さらにそこから入り込んだところにある駐車場。クルマはほとんど来ないし、道路を通る車の騒音もない。東屋と公衆トイレもある。見晴らしもいい。

たしかに、車中泊のやりやすい場所だ。

赤水展望広場案内
案内板は東屋の海側にある
東屋越しに桜島を見る
公衆トイレ
道路から桜島を眺める
道路から東屋とトイレ、海を見る
道路沿いに遊歩道もある
「叫びの肖像」
「叫びの肖像」の解説版
夕方なので逆光になった

17時40分、戻って港の方に走った。

↓ 車- 1.9 km 7 分

桜島溶岩なぎさ公園&足湯

桜島ビジターセンターの西側の道路沿いに駐車場がある。17時47分、そこにクルマを駐めて、桜島溶岩なぎさ公園の方に歩いた。

桜島ビジターセンターの入口 すでに閉館時間を過ぎているので、入れない
桜島溶岩なぎさ遊歩道の案内図
遊歩道入口
全長100㍍の長い足湯から桜島を望む
オープンデッキのある足湯の上の段
オープンデッキから見る桜島フェリー
足湯に浸かりながら桜島を眺める
赤く染まりだした桜島
足湯の案内板

さあ、そろそろ道の駅に戻ろう…。クルマに戻り、18時08分に出発。

街路樹の赤い実
街路樹

↓ 車- 10.6 km 21 分 国道224号 経由

有村溶岩展望所

があったので、立ち寄った。18時29分。日没直前で太陽光はオレンジ掛かってきた。ササッとまわることにしよう。

駐車場
遊歩道と溶岩
通路と溶岩 桜島山頂部
パノラマビュー
有村溶岩展望所
展望所の東屋 ベンチ
遊歩道の一部は階段
トンネルは避難壕
避難壕
錦江湾の向こうは開聞岳
夕方の開聞岳
間もなく日没
海の向こうは、大隅半島
桜島の稜線に太陽が隠れた
わが前に桜島あり 西郷も大久保も見し火を噴く山ぞ 海音寺潮五郎
桜島 火山の歴史

29,000年前の超巨大噴火で大量のマグマが噴出し、火砕流となって南九州一帯に降り積もった。それがシラス台地となった。また、マグマの噴き出した後が陥没し、姶良カルデラと呼ばれる巨大な穴ができ、後にこれが錦江湾になった。そして、26,000年前にカルデラの南部で新たな噴火が始まって、これが桜島になった。

桜島はこれまでに17回、大噴火を起こし、最大のものは13,000年前の噴火だ。そして、5,000前までは北岳で、4,500年から現在までは南岳での活動となった。

史料として記録が残っているのは、天平宝字(764年)、文明(1471年)、安永(1779年)、大正(1914年)の4回の大噴火で、そのたびに島は形を変えてきた。大正噴火では大量の溶岩が流れ、それまで島だった桜島と大隅半島は陸続きとなった。
昭和の噴火(1946年)は、溶岩を流した最後の噴火だが、爆発的な噴火を伴わなかったため、17回には含まれていない。その後、1955年からは火山灰の噴出を繰り返す噴火活動がはじまり、今日に至っている。

噴火する度に溶岩を流して、森を破壊し、岩だらけの地形、すなわち裸地を造る。しかし、4~5年で草原となり、5~20年で低木林、20~100年で陽樹林、200年以上で極相林となっていく。桜島では、昭和溶岩から75年、大正噴火から107年、安永噴火から241年が経過していて、それぞれ異なる場所に溶岩が流れ出ているので、低木林、陽樹林、極相林に成長している植生を観察することができる。

不思議な形に固まった岩石と森林の植生を観察しながら、遊歩道を歩き、18時54分にクルマに戻って、有村溶岩展望所を出発した。

↓ 車- 6.6 km 8 分 国道224号 and 国道220号 経由

道の駅 たるみず

には、19時02分に到着した。

しかし、食料の買い出しがまだだった。一番近いスーパーマーケットはストアーほりのうちだ。そこに行ってみるか…。

19時08分に出発。

↓ 車- 7.4 km 16 分 国道220号 経由

ストアーほりのうち

に到着したのは、19時23分

こじんまりしているが創業が昭和38年の歴史があるお店だ。平成11年に現在の場所に移転しリニューアルオープンした。から揚げ「ほりカラ」が名物で、地元の新鮮野菜、惣菜、お弁当、精肉、鮮魚を扱う総合商店だ。

ただ、私が行ったときには閉店前だったからか、惣菜関係は残り僅かになっていた。

もっと南下しないといけないことになるが、もう一軒行くしかない。

19時26分に、ここを出た。

↓ 車- 3.7 km 9 分 国道220号 経由

タイヨー 垂水店

には、19時35分に到着した。

ここは、生鮮食品・一般食品・日用雑貨・衣料品・住居関連商品・酒類等販売を行う総合小売業の店。母体の株式会社タイヨーは、昭和35年創業。鹿児島市に本部を置き、宮崎県、鹿児島県に95店舗を展開している。

牛乳と弁当「大きな鮭の海苔弁当」398円が50%割引の199円

お酒コーナーには、珍しいお酒が並んでいた。この中から、小鶴ザ・バナナ25度、原口貯蔵紅芋焼酎-マルコ-25度、田園金ラベル長期貯蔵樽貯蔵芋焼酎25度を購入。明日、小林市のMさんご夫妻宅にお邪魔するので、お土産に持っていくことにした。

珍しい焼酎がずらり

買い物を終えて、20時02分に出発。

↓ 車- 9.8 km 16 分 国道220号 経由

道の駅 たるみず

には、20時18分に到着。若干悩んだが、桜島の赤水展望広場に移動して、車中泊してみることにした。

トレーラーを連結し、20時30分に出発。

↓ 車- 14.4 km 33 分 国道220号 and 国道224号 経由

赤水展望広場

には、21時03分に到着した。

予想通り、駐車場には誰も居ない。 いや、1台ぐらいは普通車が駐まっていたかもしれないが、まったく気にならない。

トレーラーのセットアップをした後、東屋の海側で、鹿児島市内の夜景を撮影してみた。

こちらに灯りがない分、鹿児島市街の灯りが目立つ   21時28分
右端の観覧車が、アミュラン観覧車   21時31分
中央の赤い航空障害灯をたくさん点けている建物が鹿児島県庁   21時33分

こうやって、4日目の夜は静かに暮れていった。

明日は、夕方までには小林市入りだ。Mさん夫妻宅への2度目の訪問日になっている。ご主人が裏山に東屋を建てたので、そこでバーベキューを楽しめるようになったのだそうだ。どんな建物なんだろう。今からワクワクする。

日中だと直接向かっても、2時間30分は掛かる。できたら風呂にも入りたいので、明日は時間配分を気にして、走らなければならない。今日は、夜更かしせずに休もう…。

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