ふらり旅

2022年最初の野焼き支援[5日目]阿蘇周辺のレアスポット巡り

昨日とは打って変わって快晴に近い青空が広がった。「昨日の久住と今日の阿蘇を入れ替えておけば良かったのかも…」と後悔の念が沸き立つほどの好天振りだ。だが、今更そんなことを思っても、どうにもならない。昨日は昨日、今日は今日…。今日を充実させるしかないのだ。

今日のプランは、クルマでの移動が中心で、歩く距離はそれほどない。指先や右耳に残った凍傷なりかけの後遺症を癒やしつつ、今日の天候回復に感謝して、YYGsと過ごす最終日を思い出深くなるように締めくくれるように最善を尽くそう。

2022年2月21日(月)の行動履歴

熊本県、福岡県、大分県
<車移動> 109 km 4時間47分 <徒歩移動> 6.3 km 2時間13分
道の駅 あそ望の郷くぎの 8:21
↓ 車- 4.9 km 7 分 県道28号 経由
熊本ゲストハウス リトルアジア南阿蘇 8:28~8:42
↓ 車- 1.3 km 2 分
全面通行止でUターン 8:45~8:47
↓ 車- 4.8 km 9 分 県道28号 経由
道の駅 あそ望の郷くぎの 8:56~9:07
↓ 車- 3.2 km 6 分 県道39号 経由
湧沢津水源 9:13~9:18
↓ 車- 3.2 km 9 分
吉田城御献上汲場 9:27~9:36
↓ 車- 7.1 km 20 分
高岳根子岳を撮る 9:56~10:01
↓ 車- 3.4 km 9 分 国道265号 経由
上色見熊野座神社(無料駐車場) 10:10~10:11
↓ 徒歩- 400 m 13 分 
上色見熊野座神社 10:25~10:27
↓ 徒歩- 100 m 4 分
 10:30~10:38
↓ 徒歩- 550 m 11 分
上色見熊野座神社(無料駐車場) 10:49~10:51
↓ 車- 700 m 4 分 国道265号 経由
とくまる食堂 10:55~11:58
↓ 車- 3.4 km 10 分 国道265号 経由
高森殿の杉第一駐車場 12:08~12:09
↓ 徒歩- 280 m 5 分
高森殿の杉 12:14~12:21
↓ 徒歩- 240 m 2 分
高森殿の杉第一駐車場 12:23~12:26
↓ 車- 2.9 km 13 分 県道28号 経由
高森湧水トンネル第3駐車場 12:39~12:47
↓ 車- 7.6 km 35 分 国道325号 経由
岡村石油店南阿蘇バイパスSS(ENEOS) 13:22~13:25
↓ 車- 5.0 km 16 分 阿蘇パノラマライン/県道111号 経由
阿蘇山上警備派出所前無料駐車場 13:40~13:46
↓ 車- 2.3 km 12 分 県道298号 経由
草千里展望所駐車場 13:58~14:01
↓ 徒歩- 2.1 km 50 分
杵島岳 14:52~15:21
↓ 徒歩- 1.4 km 22 分
草千里グリーンパーク 15:42~16:04
↓ 徒歩- 1.1 km 27 分
草千里展望所駐車場 16:31~16:34
↓ 車- 13.5 km 37 分 県道111号 and 国道212号 経由
宝湯 17:11~18:42
↓ 車- 11.6 km 30 分 県道149号 and 国道57号 経由
数鹿流崩之碑 展望所 19:12~19:18
↓ 車- 11.5 km 21 分 国道57号 経由
肥後大津駅 19:39~19:45
↓ 車- 22.2 km 47 分 国道325号/国道57号 and 国道325号 経由
道の駅 あそ望の郷くぎの 20:32

道の駅 あそ望の郷くぎの

毎日、激しい運動を続けているせいか、睡眠の質が向上しているようだ。深く眠って、朝、すっきりと目覚める。

日の出前の6時半頃、トレーラーを出て、公衆トイレまで往復する。東の空は、まだ山陰にある太陽の光で、赤く燃えていた。

道の駅あそ望の郷くぎの 第1駐車場  6時30分
道の駅あそ望の郷くぎの 第2駐車場  6時31分
第2駐車場 朝焼け  6時41分

今日は、YYGsのふたりを案内する最終日。阿蘇のレアなスポットを案内して、夜には熊本市周辺の駅からJRに乗せる。その中に、杵島岳登山と内牧の温泉を組み込む。さあ、どう巡ろうか…。

南阿蘇は「水の生まれる里」。多数ある水源から2つ、3つ訪ねよう。それから、高森にある自然にできた洞窟と杉の巨木。それだけに絞って、阿蘇登山道を登り、草千里ヶ浜に立ち寄って、内牧温泉…。

どうやら、これで手一杯ではなかろうか…。

そうこうしているうちに、待ち合わせの時間が迫ってきた。朝食は、パンと牛乳とコーヒー。黒糖ネオロールはユニフレームのfanマルチロースターで焼く。スナックサンドは、本来、スノーピークのホットサンドクッカートラメジーノで焼いた方が良いのだが、今日は時間が無いので、ロールパンと一緒に焼いて、手抜きした。

迎えに行く時間は、8時半。いつの間にやらこんな時間…。急ごう!

8時21分に道の駅を出発した。

↓ 車- 4.9 km 7 分 県道28号 経由

熊本ゲストハウス リトルアジア南阿蘇

に到着したのは、8時28分。バッチリの時間だ。

しばらくすると、彼女たちが宿舎から出てきた。荷物をバゲッジルームに積み込んで、8時42分に出発した。

しつこいようだが、今日は彼女たちと過ごす最終日。ともに過ごす残された時間は10時間ほど…。今晩、彼女たちを最寄りの駅に送り届ければ、彼女らは熊本駅から新幹線で鹿児島に移動し、明日は霧島で山に登り、明後日に関東へ帰郷することになっている。

思いも寄らぬ展開で、楽しい4日間だったわけだが、それも、終盤に近づいた。なんとなくもの悲しい気分にもなるのだが、締めくくりの今日を精一杯、楽しみたい…。

↓ 車- 1.3 km 2 分

さて、今日の廻り方を説明し始めようとした矢先に、またもや

全面通行止でUターン

せざるを得なくなった。8時45分頃だった。国道325号に出ようとしただけだったのに…。

思い返せば初日から、幾度となくUターンを重ねてきた。全面通行止に見舞われたり、話に夢中になって曲がるところを間違えたり…。

まさに旅は人生だ。行き止まりや回り道も楽しむしかない…。

↓ 車- 4.8 km 9 分 県道28号 経由

ならば、折角なので

道の駅 あそ望の郷くぎの

からの眺望も見せておこうということで、立ち寄った。8時56分に到着。

道の駅の北側にある展望デッキからは阿蘇の雄大な眺めを楽しむことができる。特に今日は、昨日とは全然別のすばらしい晴天に恵まれたので、なおさらのことだ。

道の駅あそ望の郷くぎの 北側展望デッキ

デッキには、かなばあちゃんが立っていて、その前にカメラスタンドが設置されているので、阿蘇をバックにかなばあちゃんと一緒に自撮りできるのだ。

かなばあちゃん

かなばあちゃんと名付けられた経緯については、こちらのサイトに詳しく述べられている。

さて、9時07分になった。いよいよ今日の阿蘇探訪に出発だ。

この段階で、立てていたプランは大雑把にいえば南阿蘇の水源を2~3箇所ピックアップして巡り、高森に移動。そこで自然景観のスポットを2箇所選んで、回る。そして、高森湧水トンネル公園を経て、阿蘇登山道吉田線で、中岳火口付近と草千里ヶ浜展望所に行き、周辺散策。その後、坊中線で北側へ降りて、内牧温泉で入浴。最後は、立野経由で肥後大津駅まで送って、JR豊肥線に乗せる。こんな感じだ。

南阿蘇村湧水群は、有名な白川水源を初めとして11箇所の湧水があるのだが、その中から、クルマを駐めてサッと水が汲める湧沢津水源と吉田城御献上汲場を選んだ。今回は時間が限られているので、普段から自分がお気に入りの2箇所を、安易に選んでしまったのかもしれない…。

時間があるなら、散歩も楽しめる塩井社水源や小池水源、明神池水源などもお勧めだ。もちろん、一度は定番の白川水源にも行ってみるべきだろう…。

↓ 車- 3.2 km 6 分 県道39号 経由

まずは1つ目の、

湧沢津水源

へ。9時13分に到着。水源の真横にクルマ3~4台分の駐車スペースがある。YYGsはさっそくクルマを降りて、とうとうと湧き出る水をマイボトルに詰めていた。

冬の湧き水はそれほど冷たく感じない。湧き水は年中ほぼ一定温度で湧き出ている。

飲料水の汲み場
湧沢津水源の解説版

(平成20年6月選定)
・「平成の名水百選」南阿蘇村湧水群
(昭和60年8月選定)
・「くまもと名水100選」
湧沢津水源
 南阿蘇村中松で「清泉が地中から突き上がるように出ている」というのがこの湧沢津水源の事です。そのきれいな湧水のやわらかさは村内一で、今でも数戸の民家に給水されており,日常生活の飲料水から生活用水まですべてをまかなわれています。
 湧水地も近所の人たちが、洗濯、その他に使用出来るように整備されており、水に親しむことが容易となっています。
 また、いつも変わらぬ水量は約10町歩を養田しています。
<ミネラルデータ>
PH 7.0 Na 11.1mg/ℓ K 7.89mg/ℓ Ca 21.8mg/ℓ Mg 6.63mg/ℓ  湧水量 5t/分

湧沢津水源の説明板より引用

地元の人にも美味しいと定評のある水源だ。私自身も南阿蘇での給水は、ここを利用することが多い。

洗濯その他の用途用の汲み場と休憩用ベンチ

9時18分にクルマに乗り込んで、次へ移動。

↓ 車- 3.2 km 9 分

次の2つ目は

吉田城御献上汲場

だ。9時27分到着。汲み場の一段高いところに普通車12台分の駐車場が整備されている。

先客は大量の水用ペットボトルを持ってきて汲んでいたので、クルマは汲み場横に路駐させていた。水を大量に組む場合はこうしないと大変だ。

その人が去って、汲み場で味見をした。だが、湧沢津との違いが分かるわけではない。どちらも旨い水に違いない。

(平成20年6月選定)
・「平成の名水百選」南阿蘇村湧水群
(昭和60年8月選定)
・「くまもと名水100選」
吉田城御献上汲場
 旧白水村のほぼ中央に位置していた吉田城の御献上汲場として知られています。
 吉田城とは阿蘇家の重臣吉田主水頭が在城していたといわれています。阿蘇家の主城の一つとしてこの地に君臨し,阿蘇家が矢部郷を合わせて支配した当時、この城は位置的に非常に重要な役割を果たしていたと言われ、この地域一帯に広大な土地を所有していました。そのため、修復野(城主使用のカヤを立てたところ)、馬場(馬の調教訓練場)、外園などの地名が残っており、当時付近一帯は町なして繁栄を極めたと言われます。
 この吉田城の使用水を一手に引き受けていたのがこの吉田城御献上汲場で、今も往時をしのばせるきれいな水が岩間から絶える事なく噴き出して、約15戸の民家では今なお飲料水としてこの水を使用しており「うまい水」への人間の願望を満たしています。
 湧水池内に白い物質が沢山混入していますが、これは「ハロイサイト」というもので、粘土鉱物でカオリン類に属します。六甲の水に代表される灘の酒の原水にはハロイサイトが影響しています。
<ミネラルデータ>
PH 7.3 Na 12.4mg/ℓ K 5.88mg/ℓ Ca 43.0mg/ℓ Mg 9.57mg/ℓ 湧水量 5t/分 

吉田城御献上汲場の解説板
飲料水汲み場
池の底から小石を跳ね上げて勢いよく湧き出す水
ここから湧き出した水は水路を通って他用途の汲み場へ流れていく

彼女らは、小魚たちが綺麗な水の中を嬉しそうに泳いでいるのを見つけて、燥いでいる。着眼点と感性の違いに気付かされ、新鮮な気持ちになった。

池の中をしばらく眺める。水の流れや小魚の泳ぎを黙って目で追う…。心まで洗われる…。

9時36分になった。では次に移動するとしよう。

旧道を高森方面へ走る。白川水源の入口前を通り過ぎて、高森駅へ向かう。しかし、YYGsはとりたてて関心を示さないので、そのまま駅前を通り過ぎ、北上。国道を横切って、色見入口バス停の先を右折して、上色見熊野座神社の駐車場に向かった。

↓ 車- 7.1 km 20 分

途中、撮影スポットがあったので、道端にクルマを駐めて、田んぼの土手をよじ登り

高岳や根子岳を撮った

。9時56分。

高岳
根子岳

高岳と根子岳の山容はまったく異なる。根子岳の山頂には、まだチャレンジしていないが、とても登れそうにない様相を呈している。実際にはどうなのか…。近くに行ってみないとわからない…。

10時01分にクルマに乗り込んで、移動開始。

↓ 車- 3.4 km 9 分 国道265号 経由

上色見熊野座神社(無料駐車場)

に到着したのは、10時10分。ここの駐車場は未舗装だが、広い。たぶん、5~60台のクルマが駐車可能だろう。

クルマをここに駐め、10時11分に2本杖を持って歩き始めた。駐車場から国道脇を50㍍ほど歩くと参道入口がある。ここからは、乱立する杉の巨木の間をほぼ真っ直ぐ、山に向かって参道である石段が延びている。その両側に石灯籠が一定間隔に並んでいる。

これから、この参道を登っていく…。ここからの歩きは軽い登山のようなものだ。杖があると楽なのだ。

さて、今回YYGsをここに連れてきたのは、参拝のためではないし、石段登りが登山みたいだからでもない。神社から更に登ったところにある自然の造形物、これを見せたかったからだ。

最初の鳥居

さあ、登ろう!

最初の鳥居から、3~40段ほど登ったところの左手に公衆トイレがある。また、その付近に小さな手水舎がある。だが、あまりの寒さで、水が凍って流れていなかった。 

手水舎には厚い氷が張っていた。

拝殿までの石段の真ん中辺りに、2番目の鳥居がある。参道の両側に設置されている石灯籠は100基ほど。これらが杉の巨木と相まって、幻想的な雰囲気を醸し出している。

↓ 徒歩- 400 m 13 分

上色見熊野座神社

の拝殿に登り切ったのは、10時25分頃

YYGsはさっそく拝殿にて手を合わせていたが、何を祈っていたのかは不明…。

↓ 徒歩- 100 m 4 分

YYGsが参拝。何を祈ったのかな?

さて、先ほども述べたが、ここに来た一番の目的は、ここから更に上に登ったところにある天然の風穴

穿戸岩うげといわ

を見せるためだった。熊野座神社拝殿裏から上に続く山道を100㍍ほど登っていく。すると、眼前の巨大な岩肌に大きな穴が空いていることに気が付く。到着したのは、10時30分頃。

穿戸岩 左には小さな祠がある
大穴の向こう側は切り立った崖になっている。地面も滑りやすいので要注意

やはり、このような自然の驚異を魅せつけられると感動しない者はいない。

しばし味わって…、10時38分、下山開始。

↓ 徒歩- 550 m 11 分

上色見熊野座神社(無料駐車場)

まで戻って、クルマに乗り込んだ。10時50分頃、出発した。次は、高森殿の杉に向かうつもりだったが…。

↓ 車- 700 m 4 分 国道265号 経由

とくまる食堂

の前を通ったとき、珍しくYYGsが反応を示した。道路脇に「ランチ、漬けもの、だご汁、とくまる食堂。ご当地ソフトあります。」の看板があり、広めの駐車場の奥にこじんまりした食堂と囲炉裏の置かれた休憩所が見えた。

当初の予定にはなかったのだが、Uターンして戻ってみることにした。10時55分。

とくまる食堂の入口

「じゃあ、食べていきますか…。」

クルマを駐車場に駐め、玄関の扉を開けて中へ。

とくまる食堂は、阿蘇丸漬本舗徳丸漬物がはじめたお食事処。「雑穀米に漬物とだご汁」という昔ながらの食の文化を伝えるお店として、安心できる食材を用いて、食事を作り、提供しておられるのだ。

高菜めし膳をオーダーして、しばらく待つ…。

すると、6種類の漬物がテーブルに運ばれてきた。真ん中の湯飲みに入れてあるピンセットを使って、3人で分けて、自分の皿に取る。

漬物

今回出された漬物は、以下の6種類。季節ごとに内容が変わるそうだ。

※阿蘇たかなお醤油漬
※田舎梅漬(たたき梅)
※生姜のお醤油漬
※白菜の古漬け
※阿蘇しぼり漬
※青菜漬(がごめ昆布入)

オーダーした高菜めし膳

無農薬と天然素材に拘った高菜めしとだご汁、そして、6種類の漬物。いずれも逸品。美味かった。

食後のデザートは、ココアケーキとほうじ茶。

女将さんに聞いた話では、毎年2月末から4月初旬までの1ヶ月間、阿蘇たかなの収穫と漬け込みのために食堂は臨時休業となるそうだ。今年は、2月28日から4月5日までの予定だそうだ。

私ひとりだったらたぶん立ち寄っていない店。違う感性の人の意見に乗っかることも大事なことだ。

この店に関する詳しい情報は公式Webサイトと阿蘇丸漬本舗徳丸漬物のfacebookページから得ることが出来る。

店内の雰囲気

ゆっくりと味わって食事をすることができた。LINEの友達登録を済ませた。

「では、ご馳走様でした~~。」

当然の道筋だが、別棟の漬物店も覗いてみることにした。Mさんはお土産を買った。

阿蘇丸漬本舗徳丸漬物の店舗入口

こちらの店も、こぢんまりしつつもお洒落に商品が並べられている。

店舗内

店を出ると、彼女たちは囲炉裏の炭火で暖を取っていた。外はまだ寒い…。

囲炉裏のある休憩所

クルマに乗り込み、次の目的地、高森殿の杉に向かう。

↓ 車- 3.4 km 10 分 国道265号 経由

高森殿の杉第一駐車場

に到着したのは、12時08分。ここから牧野ゲートを通って、牧野内を歩いて、殿の杉に向かう。

ゲート入口の右側に、「口蹄疫等の家畜伝染病防止にご協力をお願いします」という目立つ看板が設置されている。①手指、靴の消毒と②門右側の柵の通行、③門を絶対に開けないとの3点を強く要請している。

牧野入口の看板

目立つ看板は写真は撮ったのに、肝心のゲートの写真を撮り忘れていた。

仕方が無いので、2019年10月14日の訪問時に撮った写真を貼り付けておく。2年半ほど前の写真だが、現状とはほとんど変わっていない。

足下のマットに消毒液が含ませてあって、それに靴を付けて消毒する。

そのあと半円形の細い通路を通って牧野内に入る。人は通れるが、放牧牛は通れない構造だ。

高森殿の杉のあるこの地は、Wikipediaによると、戦国末期の1586年(天正14年)に薩摩島津氏の侵攻を受けて落城した高森城主の高森伊予守惟居と側近の三森兵庫能因の自刃の地であり、高森城主主従のもともとの墓所だそうだ。

「さて、高森殿の杉とは、どれのことでしょうか?」

と、ちょっと自慢げに、彼女らに質問を投げかける。

私自身は3度目の訪問なので、もちろん、答を知っている。しかし、初めて訪れたときには、この牧野内の道を歩いていても、いったいどれのこと? ほんとうにあるの?と疑問を持つほどだった。

高森殿の杉というほどの杉ならば、牧野の中央に巨大な大杉がどーんと生えていて目立っているに違いない…。まさに一心行の大桜のようなイメージで捉えていたのだ。

それなら、見つかるはずはない。

道の正面にも、右側にも杉林が広がっていて、特に目立った杉の木などは見当たらない。もしかしたら名前負けの大したことの無い杉なのかも…。疑いの念まで芽生える始末…。

先を歩いているのはMさん。手前がHさん。ふたりとも黙々と歩いている
牧野の通路から左手を見た景観  山が独特な形状になっている
前方にある残雪のところが、殿の杉の入口

この道前方のまだ雪が残っているところが、殿の杉の入口だ。左の斜面を下っていくと、そこに殿の杉がある。

↓ 徒歩- 280 m 5 分

高森殿の杉

に到着したのは、12時14分。彼女らふたりは、殿の杉の柵近くから上を見上げていた。

殿の杉の根元
殿の杉の標柱

標柱には「天正14年(1586年)正月23日、島津勢との3度目の闘いで、ついに高森城が落城。再起を図ろうと豊後に逃れる途中に追っ手に囲まれ、城主高森伊惟直・家臣三森兵庫守能因が虎御前原のこの地で自刀した。元々は墓があったが、寛永6年(1629年)」と書かれている。

殿の杉の上の方
殿の杉の根元を別角度から

Wikipediaの記事には、殿の杉の樹齢は400年以上、1000年未満で特定されていないとある。

初めて訪れたとき、殿の杉の大きさに肝を潰し、感動したことを思い出す。何度来ても当時の気持ちが蘇る。柵の廻りをゆっくりと廻りながら、いろんな角度からの殿の杉を鑑賞した。

そして、12時21分に、ここを出た。

ブログに書いてしまうとネタバレになって申し訳ないのだが、まだ見たことの無い方は、是非ご自分の目で確かめられることをお勧めする。

↓ 徒歩- 250 m 4 分

牧野ゲートを抜けて、

高森殿の杉第一駐車場

に戻ったのは、12時25分。クルマに乗り込み、草千里ヶ浜に行く前の最後の経由地、高森湧水トンネル公園に向かう。

「さてさて、ここで問題です。高森湧水トンネル公園は、湧き水が出るトンネルを公園にした珍しい施設ですが、何故このような施設がつくられたのでしょうか?」

苦しい発問だ。ググっただけですぐに答が見つかってしまう…。

明治時代から熊本県熊本市と宮崎県延岡市を鉄道で結ぶ九州横断鉄道構想があり、熊本県側は豊肥本線立野駅を経由して高森線高森駅までが1928年(昭和3年)に開業。宮崎県側も戦後になって高千穂橋梁などの難工事を経て、1972年(昭和47年)に高千穂線高千穂駅までが完成した。

あとは高森・高千穂間の27㎞を残すのみとなったのだが、それも翌年の1973年(昭和48年)に着工した。

しかし、2年後の1975年(昭和50年)、高森トンネル工事中に地下水脈を切断し異常出水する事故が発生。毎分36㌧という大量の水がトンネル内に流れ出し、高森町内の井戸水が涸れ、水道が断水するなどの社会問題を引き起こした。

翌年の1976年(昭和51年)に工事は一時中断。再開が許されれば、技術的には貫通させられたはずなのだが、1980年(昭和55年)に成立した国鉄再建法によって、高森~高千穂間の工事は凍結され、トンネル工事は再開されることもなく、片側しかない横穴だけが残されたというわけだ。

現在でも、トンネル内からは毎分32㌧の水が湧き出ている。それを、高森町の水源地として利用するとともに、高森湧水トンネル公園として整備して観光資源化したものだ。

もしも、九州横断鉄道構想が実現し、熊本~立野~高森~高千穂~延岡~宮崎が繋がっていたなら、日本有数の魅力的な車窓を堪能できるローカル線となっていただろう。観光列車を走らせるための重要な路線となり、今でも存続していたかもしれないし、熊本震災後の復興も早まったかもしれない。もちろん、そんなことはあり得ないという意見も多数あるだろう。しかし、微かな可能性があったとの夢は描けるのだ。そして、その夢が実現しなかったことは、ほんとうに残念なことだ。

さて、まもなく高森湧水トンネル公園というところで、踏切に捕まった。

もしかして、トロッコ列車が来るのか?

クルマを降りて、カメラを構えた。後続のクルマさえ来ない鄙びたローカル踏切だ。

高森湧水トンネル公園駐車場横の踏切 Hさん、線路に寄りすぎ!

↓ 車- 2.9 km 13 分 県道28号 経由

踏切を越えたところに綺麗な公衆トイレを完備したアスファルト敷きの広い駐車場がある。トンネル内の有料施設に向かうのならば、ここにクルマを駐めて、トンネルから流れ出た小川沿いに歩いて行くのがお勧めだ。

しかし、今回はトンネル内には立ち寄らず、水汲み場とその後ろにある湧水館に連れて行くのが目的だったので、クルマは

高森湧水トンネル第3駐車場

に回し、そこに駐めた。12時39分到着。

第3駐車場は未舗装だし、公衆トイレは小さくて古い。しかし、水汲み場に近いので、水汲みの場合はこちらに駐める方が良い。もちろん、階段を降りれば、トンネル公園のトンネル内部へも簡単に行ける。

水汲み場の裏にある建物が「湧水館」で、入城無料の資料館だ。高森トンネル事故の詳細をまとめた展示物などがある。

またしても第3駐車場や水汲み場と湧水館の外観を撮り忘れてしまったので、あくまでも参考のために2019年に撮影したものをアップだけだ。写るはずのないトレーラーがあるのもご愛敬として、ご容赦いただきたい。

それで、ふたりを連れて、湧水館に行くと…、「本日は閉館しました」の札が掛かっているではないか! なんで??? そうかぁ、今日は月曜日だった。休館日じゃないか!なんてこった。

湧水館入口 もちろん施錠されている
ガラス越しに中をのぞき見すると、こんな感じ…

休館日ならば仕方が無い。トンネル公園のトンネル入口だけを階段上から見学して、クルマに戻り、12時47分に出発。一路、阿蘇登山道吉田線に向かうことにした。

↓ 車- 7.6 km 35 分 国道325号 経由

ところが、ガソリン残量が不足しているので

岡村石油店南阿蘇バイパスSS(ENEOS)

に立ち寄り、取り合えず10㍑だけ給油した。13時22分到着、3分後に出発した。

↓ 車- 5.0 km 16 分 阿蘇パノラマライン/県道111号 経由

阿蘇登山道吉田線で草千里ヶ浜を目指したのだが、中岳の様子を見に

阿蘇山上警備派出所前無料駐車場

に立ち寄ってみた。到着は13時40分。

Googleマップ航空写真やストリートビューは古い画像のままで、阿蘇山ロープウェイ乗り場を見ることができるが、実際には、被災した阿蘇山本堂西巌殿寺奥之院も取り壊され、新しく建設された阿蘇山上ターミナルが昨年2月から営業を開始している。

しかし、それ以降の期間で、中岳火口の見学ができる警戒レベル1になっていたのは、2021年5月3日までと、6月9日から10月13日17時10分までで、それ以外の期間では警戒レベル2以上が続いている。

警戒レベル2だと、ここ山上広場までしか行くことはできず、中岳火口見学やこちらからの中岳・高岳への登山ルートへも歩くことができない。レベル3以上だと山上広場でさえ、入れなくなる。

そして、レベル1の時でさえ、風向きによっては、火口見学が制限あるいは禁止される場合があるので、よほど運が良くないと火口周辺に立ち入ることは出来ないのだ。

こんなことを書くと叱られそうだが、自己責任でも構わないので、ガスマスクとヘルメットを各自で用意するかレンタルで着用すれば入山できるように規制を緩和するとか、必要ならば現地で保険に加入できる体制を整えるとかはできないのだろうか。あまりに、火口見学のチャンスが乏しいのだ。

ガスマスクは大げさ?硫酸ガスは水に溶けやすい性質があるそうで、水を含ませたタオルで鼻と口を覆えば、毒性は多少下がるそうだ。

更に言えば、阿蘇山火口シャトルバス自体を防災仕様、つまり噴石を被弾してもある程度は持ちこたえるようにするとか…。でも、これは、採算性と費用対効果が問題になりそうだな…。

自動車登山道と人道を落石防止の防護トンネルにするとか…。だけど、これも、景観が崩れるから即却下だろう…。

気象庁が発表しているWebサイト「阿蘇山 有史以来の火山活動」によると、近年はほとんど毎年、噴火が発生しているが、犠牲者の記述があるのは、以下の通りだ。

  • 1816(文化13)年6月12日。2:00頃鳴動が始まり、その後、水蒸気噴火。新湯小屋に大小の噴石、熱い砂、泥、泥湯を連続的に噴出。 4:30頃新湯の東脇の2箇所の火口から白煙。10:00頃火を噴いていた火口に土砂が流れ込み、埋没。その後、谷を隔てた反対側の斜面で白煙が上がる。 12:30頃火炎、黒煙なくなる。反対側の斜面で白煙。夜、2箇所の火口、土砂で埋没、地響きあり。13日。煙減少。夕方地響き。14日。白煙さらに減少。15日。白煙時々上がるが、ほぼなくなる。7月に噴石で1名死亡
  • 1854(安政元)年2月26日の噴火で参拝者3名死亡
  • 1872(明治5)年12月30日の噴火で硫黄採掘者が数名死亡
  • 1932(昭和7)年第1火口は6、9月に活動し、11月からは黒煙、噴石活動。12月9日。空振のため阿蘇山測候所窓ガラス破損。12月17~19日噴石活動盛んで18日火口付近で負傷者13名
  • 1940(昭和15)年1、4、5月。4月負傷者1名。8月降灰多量、農作物に被害。12月噴石、降灰。
  • 1953(昭和28)年4月27日。11:31第1火口で噴火。人身大~人頭大の噴石を数百mの高さに上げ、噴石は火口縁の南西方600mに達する。観光客死者6名負傷者90余名。5月にも降灰多量で農作物に被害。12月にも小噴火。
  • 1958(昭和33)年6月24日。22:15第1火口が突然噴火、噴石は火口の西1.2kmの阿蘇山測候所に達する。山腹一帯に多量の降灰砂、死者12名負傷者28名、建築物に被害。7、9~12月にも噴石活動。
  • 1979(昭和54)年6~11月。6~8月に赤熱噴石活動、火口周辺に降灰。9月6日の噴火では火口北東の楢尾岳(ならおだけ)周辺で死者3名重傷2名、軽傷9名、火口東駅舎被害。 小規模な低温の火砕流が発生。10~11月。噴火活発、11月は大量の降灰、宮崎県北西部、大分県、熊本市内に降灰、農作物に被害。

1925(昭和元)年以降の約1世紀(正確には97年間)で見てみると、死者が出たのは、1953年、1958年、1979年の3回、つまり延べ3日間で合計21名。97年間の日数は 97×365+24=35429(日)。1925年元旦から2022年2月末日までとすると、35,488日ということになる。

ということは、ランダムに中岳火口に行ってみて、その日がたまたま死者が出るレベルの噴火が起こる日である確率は 8.45×10-5。つまり、8.45/100000<1/10000。1万日(約28年間)通って1日有るか無いかのレベル。負傷者が出たレベルの噴火日2日間を加えると5日となるが、これでも 1.408×10-4。20年以上も毎日通って、1日有るか無いかのレベルなのだ。

阿蘇火山防災会議協議会のWebサイトには

阿蘇山では、火山ガス(亜硫酸ガス)によると思われる事故が、中岳火口周辺で数回発生しています。

最近では1994年に68歳の女性が、1997年には51歳と62歳の男性がそれぞれ死亡しました。

阿蘇火山防災会議協議会や環境省では1994年から有毒ガス対策を本格化させ、1997年には火山研究者ら学識者を委員にした阿蘇火山ガス安全対策専門委員会を設置し、立入り規制や避難対策を実施してきました。

現在は、火口周辺にガス自動測定装置を6ヶ所設置し、ガス濃度が一定以上を検出したら立入り規制を実施するなど観光客に対するガス周知と安全対策に努めています。

阿蘇火山防災会議協議会のWebサイト「組織」より引用

とあって、火山ガスによると思われる死者が1994年に1人、97年に2人折られ、その97年に阿蘇火山ガス安全対策専門委員会が発足。立ち入り規制などを行うようになった。その後は噴火でも火山ガスでも犠牲者が出ていないようだ。

確かに安全面での効果は上がっているのだろう。しかし、基準が厳しすぎて、見学したい人達の行動がかなり制限されているようにも思う。

安全面を確保しつつ、旅行者、登山者のニーズもある程度満たすような対策はできないものなのだろうか…。

これまで、レベル1の時に、“今日こそは”と勇んで山上広場に行き、火口見学に挑んだのだが、実際に火口見学が叶ったのは4回中1回だけだ。一度は、火口付近に辿り着いた途端に風向きが変わったということで、緊急避難、つまり山上広場までの下山を強いられた。

運が悪い…の一言で済まされる話ではない。

話が大幅に逸れてしまった…。意識を現実に戻そう…。

新しく整備された阿蘇山噴煙展望広場からの眺望を楽しんだ。ほんとうは火口付近まで行きたいのだが、グッと堪えて、ここから写真を撮る。火口から出る噴煙?水蒸気?が、快晴に近い青空の下、そのまま雲になっているように見えた。

阿蘇山上ターミナル横の阿蘇山噴煙展望公園
阿蘇中岳第1火口から立ち上る噴煙

新しくなった阿蘇山上ターミナル。トイレを借りるために入店したが、「トイレだけの利用はできない」旨の貼り紙があって、どこかもの悲しい気持ちになった。

13時46分、駐車場を出発した。

↓ 車- 2.3 km 12 分 県道298号 経由

草千里展望所駐車場

には、13時58分に到着。ここは、火山博物館などが建ち並んでいる一般財団法人 自然公園財団が管理している草千里駐車場ではなく、その北側の高台にある駐車場だ。昭和天皇 行幸記念碑と草千里展望台の間にある、20台弱が駐められる小さな無料駐車場だ。

クルマを降りて、草千里展望台へ。一応、登山靴に履き替え、私は杖とカメラ。彼女たちは装備を調えて、14時01分に歩き出した。

展望所は長方形のオープンデッキのようになっていて、東西南北4方向の眺望が楽しめる。それぞれの方向の柵に見えるものの解説板が設置されている。北は阿蘇カルデラと米塚、西は立野火口瀬・熊本平野と金峰山・雲仙普賢岳、南は草千里ヶ浜と烏帽子岳、東は中岳火口・高岳と杵島岳といった具合だ。

ここから360度の景観を見せれば、あとは草千里ヶ浜を池の辺りまで散策するだけで、YYGsは満足するだろうと高を括っていた。だって、烏帽子岳も杵島岳も目の前に見えているのだから…。わざわざ登らなくても…。見晴らしはそんなに違わないでしょ!

ところが、その考えは甘かった。

杵島岳に登りたいというのだ。まぁ、そうだろうね…。多少、そうなるとも思っていた。

じゃあ、登りますか!

展望所からみえるとおり、杵島岳は草原だけの山。ほとんどが階段になっている。

やまなみハイウエイ沿いに500メートル弱歩くと、レストハウスから登ってきた遊歩道に入ることができる。そこからさらに200メートルほど進むと、杵島岳登山歩道の標識のところになる。ここはまだ、阿蘇パノラマライン沿いにあるが、ここからは車道を離れ、山道を登っていくことになる。

杵島岳登山歩道の標柱  14時23分
西方向の眺め
登山道 はじめのうちは階段なしのアスファルト  14時33分

途中から階段が始まる。何段あるか数え始めたのだが、息が上がってくると、思考が停止して、幾つだったかわからなくなった。歩数計を活用しようとも企んだが、歩数計もカウントが不正確…。今回は計測を断念した。

走行している間に、彼女らは山頂近くまで登っていた。

YYGsはペースが速い  14時46分20秒
14時46分45秒
だいぶん間を空けられた  14時46分57秒

↓ 徒歩- 2.1 km 50 分

杵島岳

の山頂に着いたのは、14時52分。すぐそこだと思っていたが、登ってみると、思いのほかキツかった。

しかし、想定以上に素晴らしい光景だった。展望所からの眺めよりもずっと遠くまで見渡せる。登ってみないとわからない。登ってみて良かった。YYGsのふたりがいなかったら、未来永劫、果たしてここに来ることがあっただろうか…。繰り返しになるが、違う価値観の人と付き合うことは大切だ。

Mさんは、山頂到達ぐらいでは飽き足らず、火口の廻りを1周してくると言って、歩き始めた。

杵島岳山頂から中岳火口と山上広場を望む  14時58分
中岳第1火口
Hさんは、中岳火口を眺めながら山頂カップ麺を堪能していた  15時02分
杵島岳山頂から見た九重連山 まだしっかりと雪がある  15時15分
Mさんが戻ったところで記念写真  15時19分
Hさんはカップ麺効果で元気  15時20分

さあ、下山しよう。15時21分に山頂を出た。

もう1枚だけ、中岳火口  15時22分
階段を黙々と降りる  15時22分
烏帽子岳と草千里ヶ浜の池  15時28分

階段を降りて、アスファルトの小道を歩いて、登山口の前を通り過ぎ、そのまま遊歩道を歩くと草千里ヶ浜の前の草千里駐車場に降りてくる。

↓ 徒歩- 1.4 km 22 分

草千里グリーンパーク

で、休憩する。15時42分に入館。

この建物は、昭和の雰囲気が色濃く残っており、落ち着ける。それに、ここのおばあちゃんが人懐っこくて優しい人だった。

Mさんにいきなり団子をおごってもらった

熊本名物いきなり団子をいただいた。店員さんが、出来たての物をくれた。いもが分厚い。

ラップを開けて一口噛むと、いもが甘くてほくほく。美味い。あえて少しずつ味わいながら、一口一口を大切に食べた。

ソフトクリームも

馬肉ゴロゴロスパイシーカレーと馬すじ煮込みはいずれも、900円。高級品だ。ちょっと手が出ない…。

お菓子コーナーにあるカルッテベイク阿蘇は、ひときわ目を引く斬新なお菓子。クッキーの表面にカラー印刷したようなデザインが描かれている。まさに新ジャンルのお菓子…。

ただし、Googleの画像検索を使って〝カルッテベイク〟を検索すると、まったく同じデザインで地名だけを変えたお菓子が、ご当地お菓子みたいに並んでいるのには驚いた。

いったいどこで作られているのか?と疑問を持ったが、わからなかった。

草千里グリーンパーク

16時04分にグリーンパークを出て、草千里ヶ浜へ。池のほとりまで歩いてみる。

池の近くはぬかるんでいて、これ以上近づけない
草千里展望所駐車場に登る道からの眺め
だいぶ上がってきた。もうすぐ駐車場に漬く

↓ 徒歩- 1.1 km 27 分

草千里展望所駐車場

のクルマのところには、16時31分に着いた。荷物をバゲッジルームに積み込み、靴を履き替えて、16時34分に発車。

↓ 車- 13.5 km 37 分 県道111号 and 国道212号 経由

阿蘇登山道坊中線で北側に下り、内牧温泉へ。入浴してお気に入りとなった3つの温泉、入船、阿蘇乃湯、宝湯を挙げ、決定は彼女らに委ねた。スマホを使って情報を集めていたようだが、その結果、今回は宝湯ということになった。

宝湯

の駐車場に着いたのは、17時11分。駐車場には普通車が8台ほど駐められる。駐車場の小路を挟んだ斜め向かいに温泉入口がある。

内牧温泉街のGoogleマップ航空写真

温泉の説明
この温泉は従来から公衆浴場として営業していたのを昭和46年に現所有者が温泉割烹料理店の「がね政」を併設し現在に至っています。浴場へは格子戸をくぐり抜けて入っていき、露天風呂からは日本庭園が楽しめるなど大変風情があります。名称はこの地が宝泉ほうせんと呼ばれることから、1字を取り「宝湯」としました。
泉質 芒硝泉(緩和性低張性高温泉)
効能 リュウマチ性疾患、動脈硬化症、高血圧症、創傷

「宝湯」の案内板から抜粋

中に入って、帳場で料金を支払う。おとなひとり400円。すると、ボディソープやリンスインシャンプーのだけでなく、フェイスタオルとバスタオルまでも貸してくれるところが凄い。400円を持っていけば、あとは完全手ぶらでも利用可能だ。

18時30分に待ち合わせをして、男湯の脱衣所へ。鍵付きロッカーは無料で利用できる。

風呂場に行くと、露天風呂には2人、内湯には1人の先客がいた。

洗い場で身体を洗おうとすると、内湯にいた年長の男性が声を掛けてきた。たぶん70代だと思われる。その男性の滑舌と方言、それに私の聴く力の衰退など、幾つかの要因で、発言の詳細まではわからなかったが、要するに、カランからお湯が出るのを待つよりは、湯船のお湯を掛かり湯して、先に風呂で温まってから身体を洗え、ということを言ってくれたのだと受け取った。話し好きの気さくなおじさんだ。

「そうですね。じゃあ、お言葉に甘えて…。」

湯船のそばに移動して、何度も掛かり湯をして、湯に浸かった。ここの温泉は湯温は標準、どちらかと言えばやや温めといった感じで、長湯には最適だ。

「どちらから来なさった?」
「あ、福岡です。」
「じゃあ、今日は泊まっとんなさると?」
「内牧温泉の旅館にってことですか? いいえ、キャンピングカーで巡ってますので…。」
「ひとりで?」
「ええ、まあひとりです…。」

今回はたまたまYYGsのふたりと一緒に回っているけど、こんなことは滅多にない。会話が始まったばかりのこの方に、今回の非凡な状態と経緯を細かく説明するのもなんなので、この段階では、日常的な一般論に留めておくことにした。

トレーラー旅のいいところは、気分が乗ったときに、なんの計画もなしに、ポンと出発できるところ…。宿を決めなくていいから、行先を決める必要も無い…。ひとり旅だと、寂しいこともあるが、同行者のニーズや体調に気を配る必要すら無い。勝手気ままな旅ができる…。少々負け惜しみのニュアンスも否めないが、ほんとうのことだ。

そんな話をしていると、この男性のご近所にも、福岡から移住してきたご夫婦でトレーラー所有者がいると教えてくれた。元々福岡でレストランを経営していた方で、その家には、時々、何台ものトレーラーが集結しており、トレーラー仲間をご夫婦の手料理でもてなすような親睦会が行われているらしい…。

いつかは、そういった人達とどこかで繋がるようなこともあるのかもしれない…。

そうこうしていると、もうひとりの男性が入ってきた。そして、最初の年長男性と目が合うなり、挨拶を交わし、近況を語りだしたので、この人もここの常連客で顔見知りか、ご近所さん同士なのだろう。

名前を聞かなかったので、はじめからいた70代男性をAさん、後から入ってきた60代男性をBさんとして、説明すると…。

Aさん:「じゃ、ここには、どの道を通って来なさった?」
私:「どの道を通ってきたか、ですか? どう言ったらいいんですかね…。七福温泉のところの橋を渡って、その次の交差点を左折…。郵便局がありますよね。そこから右折して入ってきました。」

Aさん:「じゃあ、やっぱりこっちから来たんじゃな?」

と言って、Aさんはある方向を指さしてここまでの道順を確認しようとしているのだが、まだ方向感覚が追い付いていない私は、指先の示す方向がどの方角を指しているのかわからない。喋りながらも頭の中には、先ほど観たGoogleマップを思い浮かべ、玄関から建物に入った後の風呂場までの道筋を思い出して、正しい方角を特定しようともがいていた。

しかし、Aさんは道順の話を繰り返し、容赦なくはっきりさせようとあちこちの建物や地名を繰り出していた…。そもそも、それ以前にAさんは、何故来た道順を確認しようとしているのか…。その意図がわからない。

Aさん:「だったら、駐車場を左に出て、突き当たりを右に行くと◯◯がある。それを左にずっと行くと、◯◯があって…。」

今度はどこかに向かう道順を教えようとしている雰囲気だ…。ただ、地図が頭に入っていない以上、いくら説明を聞いても道も目印も記憶に残らない。

Aさん:「そうすると、そこにゴルフ場があって、そこのオーナーがキャンピングトレーラーのキャンプ場を始めた…。」

RVパークのことだろうか…。必死でAさんが話しているのに、まったくピンときていない私の様子を慮ってか、Bさんが会話に入ってきた。

Bさん:「ああ、駐車場に駐まっていた福岡ナンバーの車はお宅の?キャンピングカーは見当たらんかったけど…」
私:「シルバーのアウトランダーでしょ。それは私のです。さっきは、キャンピングカーと言ったけど正確にはキャンピングトレーラーで、引っ張るタイプのやつ…。今は久木野の道の駅に駐めているんですよね。」
Bさん:「なるほど…そういうことか…。◯◯にゴルフ場があるでしょ。あそこの隣に、キャンピングトレーラーを何台も並べたキャンプ場ができたんですよ。今度来られたときに、寄ってみられたらいい…という話ですよ。」

後で調べて分かったのだが、たぶん、Aさんは、阿蘇ハイランドゴルフ場の奥に新しくできたフランピングビレッジ阿蘇のことを言っていたのだと思う。

このBさんも若い頃には、バイクで遠出のひとり旅をしたそうだ。

Bさん:「トレーラーを引っ張ってどこまで行きましたか?」
私:「一番遠いのは群馬ですね。湯原温泉に掲示されている露天風呂の番付表に『西の横綱、湯原温泉(岡山)。東の横綱、宝川温泉(群馬)。』という記述があって、湯原温泉には岡山県を通る旅に立ち寄っているんですけど、宝川温泉には一度も行ったことがなかったので…。」

ここからも、バイク旅、トレーラー旅の一長一短。経験談に花が咲いた。

風呂場で地元の人との会話は楽しい。昔に経験したいろんな旅を思い出せるし、旅先でのレアな情報も得られる…。地元の人との会話は旅の醍醐味だ。

結局、1時間以上、内湯で喋りまくって過ごした。肩まで浸かったり、半身浴にしたりしながらの長風呂となった。気付いたらYYGsとの約束の時間が近づいていた。もう、身体や頭を洗う時間は残されていない。まあいいか…。毎日、名湯ばかりに浸かる贅沢な日々を過ごしているので…。

ふたりに挨拶をして、先に上がった。

そして、待合室でふたりを待って、18時42分に車に戻った。

さて、後はふたりを大津まで無事に送り届けるだけだ。

昨日も九重から阿蘇の入った時間が遅すぎたので、スキップさせていた旧阿蘇大橋の崩落現場。今日も結局、真っ暗な時間帯になってしまった。

彼女たちに聞いてみると、それでも寄ってみたいということなので、国道57号北側復旧ルートを通らず、現道ルートを走ることにした。

↓ 車- 11.6 km 30 分 県道149号 and 国道57号 経由

数鹿流崩之碑すがるくずれのひ 展望所

に到着したのは、19時12分。想定通りに周囲は暗闇に包まれていたが、車の正面を崩落現場方向に向けて、ヘッドライトのビームを照射。すると、辛うじて崩れ落ちている橋がボーッとだが、浮かび上がった。

この4日間は、自然の恵みと自然の猛威を両面から痛烈に意識させられる旅になっている。3人それぞれ数分間、崩落した橋を黙視した。黙祷のような時間だった。

19時18分、車に乗り込み、西に向かった。すっきりとしたデザインの新阿蘇大橋の横を通り過ぎ、一路、肥後大津駅を目指す。

大津の街中に入ると道の両側には、どこにでもあるような郊外店が軒を連ねている。中には飲食店もちらほら…。

この時間になると空腹感を意識し出す。そのタイミングで、Mさんが、お父さんから聞いた熊本市内にある熊本ラーメン人気店の話をした。

そこまで聞くと、熊本駅までこのふたりを送って、序でにラーメンも…という気持ちになったのだが、なんせ飲食店が20時には一斉に閉まるという戦時下のような統制経済下では、実現できない夢だ。名残惜しい気持ちを抑えながら、素直に大津駅に向かった。

↓ 車- 11.5 km 21 分 国道57号 経由

肥後大津ひごおおづ

に到着したのは、19時39分。ここから熊本駅方面には、結構頻繁に列車が出ている。

車を降りて時刻表を見に行ってもらうと、54分発があるとのこと。あと10分少々だ。ちょうどいい。

バゲッジルームからふたりの荷物を取り出し、別れの挨拶…。駅舎に入っていくふたりを見送って、19時45分に駅前を出た。

先ほどまで、ずっと喋りっぱなしで過ごしていたのに…、深い沈黙の時がやってきた。頭の中には、これまでの4日間の出来事がぐるぐると蘇っている。

↓ 車- 22.2 km 47 分 国道325号/国道57号 and 国道325号 経由

道の駅 あそ望の郷くぎの

に到着したのは、20時32分。今日も精一杯動いた。このまま、ここに泊まろう。

久し振りにご飯を炊くことにした。玄米と白米を半々にブレンドして、snowpeakのフィールドクッカーで炊く。計量カップは持ち合わせていないので、普段使いのステンレスカップで、玄米1,白米1、水1.5の割合で鍋に入れる。その際、白米は無洗米なので、玄米だけ、ざるで洗っておく。

そして、コンロに掛けて、沸騰するのを待つ。だいたい5分程度だ。そして、沸騰したら、火力を弱火にして、15分炊く。その後、10分以上蒸らせば、後はいつでも食べられる。

別の鍋でお湯を沸かしておき、蒸らしの時間にレトルトカレーを湯煎すれば、ご飯のできあがりと同時にカレーも温まる。それで、美味しいカレーが出来上がるのだ。

今回使ったレトルトカレーは、業務スーパーで取り扱われている野菜がゴロゴロカレー。具だくさんの大盛りカレーだ。

ご飯が炊き上がる間は、パソコン仕事をして有効活用。できたら、中断して、いただきま~す、だ。

新しいアサヒ生ビールでハーフ&ハーフを楽しみながら、今回の旅を振り返った。4日間で登山3回。温泉入浴5箇所。充実した毎日だった。YYGsのふたりにありがとうと言いたい。

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