
七ツ森古墳群で出会ったご夫婦を訪ねる旅[6日目]ティエム牧場温泉、ラーメンイーグル、鹿屋市鉄道記念館、山田温泉交流センター
明日は、南九州から一気に北上して、福岡に戻ることになっている。しかし、まわりたいところはまだ多数残っている。取捨選択の必要性に迫られた。やはり都井岬からに宮崎市までの間は、見送らざるを得ない気がしてきた。
でも、今回見送ったとしても、近い将来、またこの地にやってくる。JAXAが内之浦宇宙空間観測所からロケットを発射する計画が発表されれば、飲方丸の K.Hさんから打上げ鑑賞のお誘いが来ることになっている。遅くても夏までには行けるのではないだろうか…。とにかく、今日一日、精一杯、残りの時間を楽しんでいくことにしよう。
2021年4月16日(金)の行動履歴
熊本県、鹿児島県、宮崎県 <車移動> 110 km 2時間54分 <徒歩移動> 2.4 km 1時間 9分 道の駅 錦江にしきの里 7:26 ↓ 車- 120 m 1 分 神川キャンプ場駐車場 7:27~10:15 ↓ 徒歩- 1.0 km 29 分 ↓ 車- 18.8 km 33 分 国道269号 and 県道68号 経由 テイエム牧場温泉 11:17~11:33 ↓ 車- 5.0 km 7 分 国道220号 and 県道68号 経由 荒平天神駐車場 11:41~11:45 ↓ 徒歩- 280 m 9 分 菅原神社(荒平天神) 11:54~11:59 ↓ 徒歩- 1.1 km 31 分 荒平天神駐車場 12:30~12:37 ↓ 車- 3.8 km 8 分 県道68号 経由 ラーメンイーグル 12:46~13:43 ↓ 車- 6.2 km 12 分 鹿屋バイパス/国道220号 経由 鹿屋市鉄道記念館 13:54~16:16 ↓ 車- 21.0 km 44 分 国道269号 経由 道の駅 野方あらさの 17:00~18:01 ↓ 車- 27.1 km 24 分 東九州自動車道/鹿児島区間 経由 道の駅すえよし 18:25~18:33 ↓ 車- 18.8 km 29 分 そお街道 経由 山田温泉交流センター 19:02~21:18 ↓ 車- 9.9 km 17 分 県道45号 経由 道の駅 都城 21:35
道の駅 錦江にしきの里
どんどんどんと、トレーラーをノックする音。雨音同様、トレーラーのノック音はかなり響く。叩く人の怒りに近い感情がにじみ出しているのかもしれない。
「はいっ!」と返事すると、
「すいませ~~ん、ここは農家さんの野菜搬入口になっていますので、至急、移動してください。」
なんだなんだ、配慮していたつもりが仇となった。搬入口はふさいでいないが、この並びの駐車区画は全て、農家が搬入時に軽トラックを駐めるということらしい…。だったら、そう書いてくれていたら、最初っから駐めなかったのに…と、そういう気分になった。
でも、今日はすでに目が覚めていたし、動ける体制も整っていたことが不幸中の幸いだった。サッと外に出て、アウトリガーを上げ、そのままクルマを移動させた。ヘッド車も繋いだまま駐めていたので簡単だった。
7時26分、移動開始。で、どこへ行く?
↓ 車- 120 m 1 分
移動先は道向かいの
神川キャンプ場駐車場
だ。7時27分移動完了。昨夜、歩いて確認していたので、キャンプ場の入口は閉まっているが、駐車場までだったらトレーラーを牽引していても侵入できることがわかっていた。そのときは自走式のキャンピングカーも1台駐まっていた。こんなことなら、昨晩からここに移動しておけば良かった…、と後悔先に立たず…。
その上、ドキッとする事故が発生した。
トレーラー電源の生命線である外部電源ケーブルのトレーラー側プラグを破損させてしまった。先ほど、焦って道の駅から移動したとき、電源ケーブルを抜き忘れたていたのだ…。まぁ、いつかは、この事故が発生するのではないかと恐れていたが、それが現実のものとなった。
しかし、ちゃちに見えていたプラグなのだが、実はどうもよく考えられた、考え抜かれた設計になっているようなのだ。プラグ内部のツメが一つ折れたために、中の接続部分が脆くも分離して、導線も外れてしまっていた。万事休すかと思いきや、どうもこういった場合に備えて、そこが初めからそこだけが壊れて分離するように設計されていたのではないかと思わされた。導線も抜けてしまっていたが、それは皮膜を剥いて繋ぎ直せばよい。プラグもツメが壊れても、ロックこそはできないが、繋ぎ直せる構造になっていたのだ。本当に驚いた。
なので、応急的に修理してみた。すると、ちゃんとコンセントに差し込むことができたし、問題なく通電したのだ。なんとか回復してくれてホッとした。
もし、アウトランダーから電源が供給できなくなってしまったら、トレーラー生活に支障が出る。照明機器やファンヒーターぐらいはトレーラーが持っているソーラーパネルとバッテリー電源で何とかなるが、それ以上のことができなくなるのだ。列記すれば… 駐車中に冷蔵庫を冷やせない。電子レンジや冷風扇が使えない。パソコン、スマホ、デジカメの充電ができない。したがってそれらの電子機器を長時間連続使用することができなくなるのだ。こうなっては大変だ。
朝食はロールパンとコーヒー。まずは、腹拵えだ。
1㍑の小さなやかんでお湯を沸かすかたわらで、パン焼き器をガス台に載せる。ユニフレームのfan マルチロースターだ。オートキャンプを楽しんでいた時代からのお気に入りのグッズだ。ロールパンを焼くときには、網をフラットにしてセットし、その上にロールパンを並べる。そして、ガスコンロに火を着け弱火にして焼く。マルチロースターの底のメッシュが、赤くなって、遠赤効果でパンが美味しく焼けるのだ。
フジパンのネオバターロールは、焼いて食べるとマーガリンがパンに染みこんで美味しさが倍増する。ただし、食べるときには、要注意。一口噛んだら、そこからトロトロになったマーガリンが噴き出してきて、手がベロベロになったり、服や床のカーペットを汚すことにもなりかねない。
朝食を終えた後、トレーラーの中で今回の旅で撮りためた写真を整理、編集した。ティエム牧場温泉は11時からだから、まだ出発する必要はない。それより、旅先で出会ったC.Mさん、K.Tさん、K.Hさんに旅の写真を見て貰いたいという気持ちが先に立った。
しゃ朝食を終えた後、トレーラーの中で今回の旅で撮りためた写真を整理、編集した。ティエム牧場温泉は11時からだから、まだ出発する必要はない。それより、旅先で出会ったC.Mさん、K.Tさん、K.Hさんに旅の写真を見て貰いたいという気持ちが先に立った。写真をGoogleフォトにアップし、LINEでメッセージとフォトアルバムのURLを送信した。
10時15分、間もなく出発の時間だが、その前に野外美術館でもあるこの海岸を歩いおくことにした。

この砂浜には、神川ビーチ影絵の祭典と称し、錦江湾を背景に素敵な影絵アートがずらりと展示してある。絵になる風景が更に絵になるのだ。他のWebサイトでは、この場所を夕日に映える幻想的な影絵アートのスポットとして紹介しているが、朝の風景にもよくマッチしていた。




青春時代の特権か…。いやいや、青春時代に年齢制限なんてない。

どこでもドアは、旅人にとっては無用の道具かも…。

この作品だけは、何故か砂浜に倒れていた。強風にあおられたのなら、他の作品にも影響したであろうに。そして、作品の入れ替えなどで意図的に抜いたのなら、その場に置き去りにしたりはしないだろう。
どうするか悩んだが、体重を掛けて、刺し直してみた。だが、意外にも十分には刺さらない。これ以上、無理矢理力でやると、刺さる部分が折れて、刺せなくなる可能性がある。トレーラーからスコップを持ってくることも考えたが、時間切れが近づいていた。残念ながら今日は、ここまでとした。


↓ 徒歩- 1.0 km 29 分
さあ、出発しよう。トレーラーに戻り、アウトリガーを上げていると、年配の女性から声を掛けられた。
「これは、キャンピンカーですか? 足を上げるんですね。」
「ああ、そうですよ。これをしていないと乗ったときに室内が揺れますからね。」
「そうなんですね。初めて見ました。」
50㍍先を歩いている男性は息子さんなんだそうだ。都会の企業に就職して、しばらく親元から離れての別々の生活になっていたのだが、今回、仕事がリモートワークになったのを切っ掛けに故郷に戻ってきたそうだ。今日は休みなので、ドライブにでも出掛けようと息子さんから誘われたそうだ。ここでは、息子さんはさっさと前を歩いているが、お母さんは後からぼちぼちと歩きながら、久し振りの親子水入らずのドライブを楽しんでおられるようだった。
私も嬉しい気持ちのお裾分けを頂いて、なんとなく心が踊った。さあ、出発しよう。
↓ 車- 18.8 km 33 分 国道269号 and 県道68号 経由
関之尾滝で出会った K.Tさんお勧めの
テイエム牧場温泉
には、11時17分に到着した。Googleマップ航空写真で確認するとわかるように国道220号線の道路沿いに数台分の駐車場と看板がある。そこにトレーラーを駐め、タオルとカメラを持って看板後ろの坂道に向かった。


ここの坂道が温泉入口に向かう道のようだ。待て待て、看板に紙が貼ってあるぞ…。
<休業のご案内>
11月より温泉建物改修工事のため休業中です。ご迷惑をおかけしますが、再開の折には、これまで同様お引き立てを賜りますようにお願い申し上げます。
工事期間: 2020年11月~2021年3月まで ティエム牧場温泉
え~~っ!休業中なの?? あれ? 工事期間を過ぎているぞ…。
まぁ、とにかく自分のめで確かめないと…。
坂道を降りて行くことにした。


やはりここにも、坂道のところに張ってあった休業案内と同じプリントが窓ガラスにガムテープで貼られていた。そして、右側の壁には同内容の手書きの文章が…。いずれも令和3年3月まで戸記載されている。
で、今日は4月16日…。あれ、おかしいなぁ…。
奥からは、のこぎりや金槌の音が聞こえてくる。まだ、工事が続いているようだ。
でも、何の情報も得ずにここで帰ったら、K.Tさんになんと報告して良いか…。なので、ちゃんと中に入って関係者の話を聞かないと…。
受付の前を通って、中には行ってみると、2人の男性が、建築作業中だった。
「こんにちは~~。まだ工事中なんですね。見せてもらってもいいですかぁ?」
「ええ、いいですよ。]
建物の建て替え中だが、湯舟には温泉水が溜まっている。掛け流し温泉状態になっている。
「へー、こんな感じなんですねぇ。いつ頃完成予定ですか?」
「棟梁が拘りますからねぇ~、あとどれぐらいかかるかなぁ。1ヵ月はかかるでしょうねぇ~。」
「じゃあ、5月中旬から下旬頃ですかね。」
「う~ん、まぁ、それぐらいですかねぇ~。」
「旅先で出会った人から、お勧めの温泉だと聞いて、寄ったんですよ。写真撮らせてもらってもいいですか?」
「どうぞ~。」
こちらが、男湯らしい。

そして、奥に行くと、もうひとりの方も黙々と作業を続けていた。
「こんにちは~、お疲れさまです。こちらが女湯ですか?」
「そうですね。」
「ほほう、こんな感じになるんですね。」

ぐるっと一回りさせてもらい、写真を撮った。
「温泉が再開されたら、ホームページなんかで、再開のお知らせなんかが出されるんですか?」
「いや~、特にはないでしょうね。」
「じゃぁ、直接電話か何かで問い合わせるんですか?」
「まぁ、そうですねぇ。」
再開が、楽しみだ。棟梁にもお会いしたいし…。6月だったら営業再開しているだろう。次回は、是非…。

工事現場から海岸の道に出た。



まさかり海岸は、砂鉄が豊富で、鎌倉時代から刀剣の材料である玉鋼を作っていたと伝えられている。薩摩28代藩主島津斉彬は1853年(寿永6年)に砂鉄を増産して刀剣、農具、工具などの制作を進めた。それに呼応して新城島津家第13代領主島津久治はまさかりに砂鉄修練所を作った。玉鋼の製造には良質の木炭が必要なため、樫の密林地帯だった柊野に木炭製造所を設け、良質の木炭を製造。この砂鉄と木炭で良質の玉鋼の製造に成功した。久治は10名の刀工を集め、優れた刀剣をたくさん作り、大部分を藩庁に、一部を領内の武家に分配した。明治2年に新城島津家は廃止。明治5年に刀剣製作所は廃止された。
平成23年6月 垂水市教育委員会の解説板(抜粋)

坂道を登って、駐車場に戻った。
道路向かいにラーメン屋があるが…。明らかに閉店している。休業日ではない。閉業だ。
おかしいなぁ。こんなはずじゃ~~。Googleマップで検索してみた。すると、別の場所に移転して、営業していることがわかった。

じゃあ、移転先に行くしかない!
だが、その前に…、ここに来る途中にあった、海岸沿いにあった神社が気になっていた。昨年の6月に訪れた山陰のモンサンミッシェルと言われている宮ヶ島衣毘須神社に酷似した風景だったのだ。
まずは、そちらに先に行こう。11時33分、出発。
↓ 車- 5.0 km 7 分 国道220号 and 県道68号 経由
荒平天神駐車場
には、11時41分に到着した。Googleマップ航空写真で見ればわかるとおり、ここは、駐車スペースが狭く、特に大型区画は1台分しかない。なので、できるだけ前の方で左に寄せて駐めた。こうすれば、仮にもう1台、大型車が入ってきても、何とか駐めることができるだろう。

11時45分、早速、周辺散策に出掛けた。駐車場の看板には荒平神社が菅原道真を祀った学問の神様で、神学・就職の合格祈願に多くの人が訪れていること。大正12年に火災で焼失したときに、木製の御神体は不思議にも無事だったこと。菅原道真が愛した梅の花びらに似た貝殻が流れ着き、波打ち際が白く光り、不思議な気持ちになる神社であることが書かれている。
また、隣の看板には、ここが、映画「チェスト!」の撮影地で、あらすじや主な出演者名、公開時期が書かれていた。
まずは、荒平神社に行ってみるか。
↓ 徒歩- 280 m 9 分
菅原神社(荒平天神)
11時54分。ほんと、宮ヶ島衣毘須神社によく似ている。





菅原神社の絵馬・お守りはユクサおおすみ海の学校と自衛隊敷地内鹿屋市観光協会にて販売しているそうだ。

右の階段を上がっていくと…



お参りの正しい作法が書かれている。鈴を鳴らすときのために消毒用アルコールも置いてある。



11時59分、階段を降りて下へ。


石の上を歩いたら、意外と不安定…。浮き石もあるので要注意だ。












↓ 徒歩- 1.1 km 31 分
荒平神社の周辺をぐるっと回って
荒平天神駐車場
に戻ったのが、12時30分。運転席に座り、ラーメンイーグルの移転先までのルートを確認した。
12時37分、出発。
↓ 車- 3.8 km 8 分 県道68号 経由
ラーメンイーグル
には、12時46分に到着。航空写真で見るとわかるが、一番奥のジュリアン裏ならトレーラー牽引中でも十中八九駐車可能だ。



イーグルの入口は、国道から駐車場への入口付近にある。
お一人様なので、入店して、カウンターに座った。店員さんに「これらのラーメンでお勧めの基本的なラーメンはどれですか? ラーメン?それとも味噌ラーメン?」
と尋ねたら、
「それは、ラーメンです。」
「あらそう…、じゃ、それをお願いします、ラーメン大盛り。それと小めし。」

すると、しばらくして、大盛りのラーメンと小ご飯が運ばれてきた。
これは土地らかというと鹿児島よりも熊本のラーメンを想起させた。焦がしニンニクのような黒い油が浮かんでいる。しかし、これが食べてみると、スープは意外とさっぱりしていて、ギトギト感が全くない。麺はぷるんとした中太麺。おろし生ニンニクは自分で好きな分量を入れる形式。いちばん驚いたのは、チャーシューが凄く旨くて、しかも4枚も入っていた。野菜はキャベツもネギも入っていて、煮卵は半熟。凄く美味しい。絶品だ。スープは全て飲み干してしまった。
関之尾滝で出会った K.Tさんが、「是非、寄ってみて」と強く進めた訳がよく分かる。


ラーメンイーグルはここに移転してきたのが、2020年2月。それ以前にティエム牧場温泉の前で十数年、営業していたそうだ。こんな時節だからだろうけど、テーブル席は広めのホールに間隔を空けて並べられている。

また来よう!という思いを胸に、13時43分に店を出た。さあ、東に向かってじゃんじゃん進もう!
↓ 車- 6.2 km 12 分 鹿屋バイパス/国道220号 経由
ところが、国道220号線を走っているとき、「鹿屋市鉄道記念館は右折」という看板が目に入ってしまった。もうすぐ、14時になろうとしているのに、まだ鹿屋市の街中を走っている。いくら短時間とはいえ、ここで記念館に立ち寄るのはハイリスクだ。
だが、堪え性がなくなっている昨今、立ち寄りたいという欲望を抑えることができない。
まぁ、30分ぐらいだったら何とかなるんじゃないか…。とうとう、右折してしまった。
ただ、問題なのは街中でトレーラーを牽引したまま駐められる場所があるかだ。市役所の広い駐車場を過ぎたところに鉄道記念館の建物が見えた。そうかぁ、市役所駐車場に駐められたらそれが一番だ。次の交差点から左折し、川の土手を通って戻ってきた。そして、一か八か市役所駐車場に侵入すると、結構、多くのクルマが駐まっていて、都合良く縦に2台分の区画で入りやすい場所は見つけきらなかった。
しかし、北側の駐車場で一番、鉄道記念館に近い旋回のための通路上だと、他のクルマの障害にならない形でトレーラーを駐められることがわかった。一旦、そこに駐めて、駐車場全体を歩いて確かめたが、やはり都合の良い区画は空いていない。
そこで、このまま
鹿屋市鉄道記念館
に行ってみた。13時54分。ちょうど入口には、記念館の関係者がいて、周辺の草刈りをしているシルバーの方々と話をしているところだった。
「すみません、キャンピングトレーラーを駐める場所がなかったので、下の駐車場の通路上に駐めているんですけど、大丈夫ですかね?」
「あれですか? 他のクルマが通れるのなら問題ないと思いますよ。」
「そうですか。なら良かった。記念館をちょっとだけ、観させてください。」
「どうぞ、どうぞ…。」
中に入ると、駅舎を摸した記念館は、それほど広くはないものの、中には展示品や写真、資料がぎっしりと並べてあって、中央には鉄道模型のNゲージジオラマもあった。
館長さんだろうか…一番年長の駅長さんのような方が居て、とにかく親切。適度な距離感で声かけをして下さって、質問をしたら、資料を探してくれたり、ビデオを用意してくれたり、ものによってはカラーコピーをしてくれたりと、こまやかな気配りだ。
とても30分で、ザッと見ることのできる施設ではない。
反対側の出入口から外に出ると、ホームのようになっていて、当時に走っていたディーゼルカー(気動車)や保線用のディーゼル機関車が静態保存展示されている。
ディーゼルカー キハ20-441 キハ20-441の側面と床下 キハ20-441の床下機器 キハ20-441の正面 上空には…鹿屋航空基地の飛行機? 保線用ディーゼル機関車 キハ20-441の正面と左側面 キハ20-441の車内 車内展示物 キハ20-441の運転台 キハ20-441の運転台 鹿屋驛文庫 南日本新聞2019年5月13日の「記者の目」 広報かのや201年3月号の記事
大隅線の記憶を辿る雑誌の特集記事
鉄路の跡を訪ねて 旧大隅線沿いの旅へ新聞の切り抜き 串良商高栢葉新聞 創立100周年記念号
懐かしい汽車通学!
気動車キハ20-441の列車内には、旧大隅線に関する興味深い特集記事や新聞記事が厳選されていて、地元民でない私自身も、どこか懐かしくあたたかい気持ちになれた。
また、鹿屋驛文庫の上段には、これもまた鉄道関連のレアな本を揃えてあった。これらは車外に持ち出すことができないので、往年の列車の座席に座って、ゆったりとした気分で目を通したくなる。
さあ、また駅舎の方に戻ろう。
館長さんに、旧大隅線荒平駅に寄ってきたことを伝えると、廃止直前の大隅線の様子を記録したビデオテープを探し出してきて、魅せてくれた。ところが、このビデオテープは館長さんの知り合いが撮った力作で、走行中の列車内から前方の風景を撮ったり、線路脇や駅ホームから走ってくる気動車を写したり、はたまた通勤時間帯に駅舎に出入りする人々の姿までも記録していたり、走っている列車を自動車で併走しながら窓越しに写したりと、個人撮影でここまでやるのかという様々な撮影場面を網羅した映像になっていた。そして、驚くべき事に動画だけでなくアフレコでの解説音声まで入っているのだ。今の時代だったら、この制作者は、きっとユーチューバーにでもなっていることだろう。

この映像を見ながら、館長さんに質問した。
「鹿屋駅はこの記念館のところにあったのですか?」
「いいえ、ここではありません。」
と言って、手指とジェスチャーで方向や範囲をを示しながら、元あった位置を教えてくださった。
「もっと以前は、先に進むのに進行方向を変えなければならない折り返し駅になっていたんですよ。」
「あら、そうなんですか。スイッチバックみたいな感じで折り返すんですね。」
「そうです。で、それを解消するのに駅を移転させて、線路をΩ状にぐるっと回る形に敷き直して、それを解消したんです。」

鹿屋駅は、今の市役所のところにあった。駅の跡地に市役所が移転してきたのだ。その前は、更に北側にスイッチバック駅としてあったのだ。この辺のことについては、Wikipedia「鹿屋駅」に詳しく解説されている。
結局、何時間、ここで過ごしたのだろう…。親切な館長さんに御礼を言い、記念館を出た。
Ω型の廃線跡が気になった。少し、周辺を歩いてみよう…。


市役所の向こうをぐるっと回って、記念館の裏にやってきた。



フィットネスパースは、鹿児島県鹿屋市が、旧大隅線の一部区間を取得して、自転車歩行者専用道路に作り替えたものだ。サンロード鹿屋の愛称で親しまれている。上の説明板の赤いところが旧大隅線。確かにΩ状になっている。
16時16分、市役所駐車場を出発した。
今後のルートは大幅に修正して、北上を開始する。都井岬と日南海岸、綾町は次回送りだ。
↓ 車- 21.0 km 44 分 国道269号 経由
道の駅 野方あらさの
17時00分に到着。運転席に座ったまま、今後の行動計画を練った。ある程度、方針を決めたのち、道の駅の情報コーナーに行ってみた。パンフレット類はほとんど置いていなかった。隣はコンビニのローソン。


18時01分、道の駅を出た。
↓ 車- 27.1 km 24 分 東九州自動車道/鹿児島区間 経由
道の駅すえよし
には、18時25分に着いた。こんな時間なので、もちろんレストランや農産物直売所は開いていない。そして、残念ながら情報コーナーにも入れなかった。
ただ、訪れるタイミングが良くなかっただけのようだ。駐車場は4ヶ所ほどあって広大。近くにはコンビニもお洒落なカフェもあるようなので、車中泊には向いているのかもしれない。まぁ、温泉の位置も調べてないし、実際に泊まっていないのでなんともいえないが…。


道の駅すえよしの建物と駐車場 大隅半島観光案内図 道の駅すえよしマップ
18時33分に出発し、温泉へ向かう。
↓ 車- 18.8 km 29 分 そお街道 経由
山田温泉交流センター
には、19時02分に到着した。ここは、泉質が美人湯で知られるナトリウムー炭酸水素塩温泉の入浴施設。入浴料は大人310円。

掲示板にあった新聞切り抜き 温泉分析表の左側 温泉分析表の右側 令和元年11月の温泉分析析書 その他もろもろ 温泉分析書 平成21年度版 適応症と禁忌症 浴用の一般的注意事項


温泉センターを出たのは20時24分。
トレーラーに戻り、ベッドで休憩。進路を再検討した。その結果、今夜は遅くなったので、これ以上は走らず、道の駅都城で泊まることにした。21時18分に出発。
↓ 車- 9.9 km 17 分 県道45号 経由
道の駅 都城
に到着したのは21時35分。トレーラーは繋いだまま、アウトリガーのみを設置した。
空腹感は並になって押し寄せる。通り過ぎるとしばらくは大丈夫で、あとになって思い出したようにまた襲ってくる。トレーラー内でパソコンをガチャガチャいじっている間に、波が押し寄せた。寝る前に食べるのはどうかとも思うが、耐えられない…。 カップ麺に手を出した。
今日は、関之尾滝で出会った K.Tさんのお勧め2ヶ所を回り、お気に入りスポットを増やすことができた。また、ちょっと寄るつもりが、どっぷり填まった鹿屋市鉄道記念館では、素敵な駅長さん…館長さんにお会いして、鹿屋駅の歴史に触れることができた。次回、ここを訪れるときは、フィットネスパースを初めとする大隅線廃線跡を歩いて、肌で感じたい。
次々にやりたいことが生じ手終わりが見えない…。これが、ふらり旅だ。